【女子ボートレーサーインタビュー 赤松咲香(24=徳島)後編】

 ――お父さんは競輪の赤松誠一選手

 赤松 はい。ボートレーサーになったきっかけは父でした。小さい頃からボートレーサーを勧められていました。子供たちにも公営競技の選手になってほしかったようです。ウチはお父さんもきょうだいもみんな大きいんですけど、私だけ小さくて…。兄は180センチありますし、姉も160センチを越えているんですよ。ただ、根性はあったので公営競技、ボートレーサーに向いていると思っていたみたいです。

 ――最初はボートレーサーではなくて看護師の道を選択

 赤松 父はボートレーサーを勧めていたんですけど、私は看護師になりたくて…。

 ――看護師からボートレーサーに転身

 赤松 看護師になってからも父がボートレーサーの道もあるぞって言ってくれていたんです。看護師になって悩んでいる時に一度、チャレンジしてみようかなって思うようになって受験しました。

 ――競輪選手の道は考えなかった

 赤松 もともと体力面で自信がある方ではなかったし、父の練習とかについていったこともあるんですけど、もうすごくて…。こんなしんどいことを職業にすることは無理だなと…。

 ――競輪選手としてのお父さんをどう見ていたのか

 赤松 家にいる時と仕事をしている時の姿は全然、違っていましたね。普段は普通のお父さんなんですけど、練習の時とか仕事になると本当にストイックでした。公営競技に携わるということはこういうことなんだな、というのは感じていましたし、今でも競技は違うけど、公営競技の先輩としてお手本になっています。

 ――初勝利の日にお父さんも勝利

 赤松 次の日に記者の方が教えてくれてビックリしました。父も私が勝ったことを記者さんから聞いたみたいです。私がモーニングで父はナイターだったので私の結果を聞いてレースに行ったそうです。

 ――お父さんの初勝利の反応は

 赤松 おめでとうと言ってくれました。でも、それより予選を通過できなかったことの方を言われましたね。「ファンの方は期待していたと思うよ。がっかりさせたんじゃないか」とか「舟券を買っていた人に怒られるよ」という感じのことを言われました。

 ――プライベートは

 赤松 同期とソフトテニスををしたり、買い物、旅行ですね。旅行はまだ海外には行ったことがなくて国内です。景色がきれいなところが好きです。最近は小豆島に行ってきました。

 ――目指すボートレーサー像は

 赤松 みんなが憧れるようなレーサーになりたいですね。クイーンズクライマックスとか大きな舞台にも出られるようになりたいです。

 ――ファンへのメッセージを

 赤松 なかなか結果を出せない中でも応援してくださっている。悪い時も励ましの言葉をかけてくれたりして、すごく支えになっています。そういうファンの皆さまに恩返しができるように一走一走、精一杯走ります。