ロシアのウクライナ侵攻が泥沼化している中で、ロシアのプーチン大統領が傭兵部隊にウクライナのゼレンスキー大統領の暗殺を命じたと報じられたり、逆に「ダークウェブ」上で、プーチン大統領暗殺に高額賞金がかけられたりと“暗殺”が注目を集めている。古今東西、さまざまな暗殺が繰り広げられてきたが、専門家は旧KGB(国家保安委員会=対外諜報活動を行ったソ連の秘密警察)の暗殺事情を解説するとともに、プーチン大統領暗殺がある場合は“毒殺”だと指摘した。

 プーチン大統領が「ワグネル」と呼ばれる民間軍事会社の傭兵部隊400人にゼレンスキー大統領の暗殺を命じたことが話題になった。

 ユリウス・カエサルから、ジョン・F・ケネディ大統領、坂本龍馬など古今東西、暗殺は枚挙にいとまがない。最近でも、2017年にマレーシアのクアラルンプール国際空港で、金正恩朝鮮労働党総書記の兄・金正男氏が猛毒の神経剤「VX」を顔に塗られ、殺害された。

 旧KGBなど独自のネットワークでロシア事情に詳しい元警視庁公安部出身で日本安全保障・危機管理学会インテリジェンス部会長の北芝健氏はこう話す。

「ロシアは旧ソ連のKGB時代から多くの暗殺を謀ってきた。ロシアになってからもFSB(ロシア連邦保安庁)やSVR(ロシア対外情報庁)などに引き継がれ、工作はお手の物だ」

 その手口はさまざまだ。プーチン氏が空手、柔道の達人であるように、ロシア軍にもそれらの使い手が多い。単純な撲殺はもちろん、身体の大きさを生かして首を抱え込んで折ったり…。ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤさんのように、航空機内の紅茶に毒を仕込まれ、その時は奇跡的に助かったが、後に自宅エレベーター内でサイレンサー拳銃で殺害された事例もある。

 何より、放射性物質や毒物を使った暗殺が主流だという。

「ロシアの反体制活動家のアレクサンドル・リトビネンコ氏はホテルで飲んだ緑茶に放射性物質のポロニウム210を盛られ、内部被ばくで亡くなった。アレクセイ・ナワリヌイ氏は飛行機に搭乗する前、空港で飲んだ紅茶またはそのカップにノビチョク(VXの5倍以上の猛毒である神経剤)を盛られた。ドアノブに神経剤を塗り付けて、元スパイの暗殺を謀ったこともあった。先端に猛毒のリシンの付いた傘で突いたり、KGBの女スパイがホテルの廊下ですれ違った瞬間に毒物を塗った刃物を仕込んだ脚を振り上げたりする暗殺も。毒を使った事例は多い」(同)

 命を奪えなくても、政治的に失脚させることができれば成功とされ、実際にアフリカの独裁国家などで成功例もあるというが、表面上は病気や病死という形になるなどして、成功例は表に出てこないという。

 ゼレンスキー氏は首都キエフにいる。一方、18日にモスクワでの集会に現れたプーチン氏だが、普段は暗殺を恐れ、ウラル山脈の地下核シェルターを転々として隠れているとも噂される。2人が暗殺されるようなことはあるのか。

 北芝氏は「ゼレンスキー氏にはウクライナ人の屈強なボディーガードのほかに英国の特殊部隊SASも護衛に就いている。今のところ、身辺は安泰です。一方で、プーチン氏は朝食べているものが分かっている。大きなオムレツとオートミールのおかゆ。それとコーヒーをガブ飲みしている。暗殺されるようなことがあるなら、これらの食べ物に毒を入れるパターンではないか」と指摘した。

 苦いコーヒーは毒を入れても分かりにくい。放射性物質は色も味もないため、放射性物質まみれにした卵や牛乳で作ったオムレツ、オートミールも見た目と味は普段と変わらない。

 プーチン氏は過去何度も暗殺未遂に遭ってきたが、生き残ってきた。海外に行った時は、ホテルのシーツやタオルを総取り換えし、自前のものを用意。料理人、掃除係を帯同し、食料も自前で持ち込んだものしか食べなかった。現在も周囲には旧知の人物しか置いていないとされる。しかし、プーチン氏の判断ミスで世界からロシアが孤立する中、鉄の結束が破れ、プーチン氏離れが起きているとも。実際、朝食のメニューがバレているぐらいだ。毒殺スパイが紛れ込む、もしくは毒物を仕込んだ食材を届ける余地ができるかもしれない。

 プーチン氏自らが所属したKGBがやってきたことを振り返れば、ドアノブに触れる、コーヒーを飲む、タオルで顔を拭く、スプーンでオムレツを食べる…一瞬の油断もできない状況にいつまで耐えられるだろうか。

【情報戦も過熱】

 ウクライナ国防省情報総局は20日、公式フェイスブックに「毒殺、突然死、事故――ロシアのエリートがプーチン排除を検討している」というタイトルの文章をアップした。

 内容は「プーチンに反対するロシアのビジネス&政治エリートがグループを結成。プーチンをできるだけ早く権力から排除し、ウクライナでの戦争によって壊された西側との経済的関係を回復する計画だ」というもの。

 後継者をすでに「FSB長官のアレクサンドル・ボルトニコフだ」と決めたとしている。FSBとは、ロシア連邦保安庁のことで、KGBの後継となる諜報機関のこと。

 ボルトニコフ氏とエリートたちがプーチン氏を排除する手段として、毒殺、突然死、もしくは事故死を用意しているという。

 ウクライナ側の情報戦だろうが、この内容をプーチン氏が知ったとしたら、ボルトニコフ氏らに疑心暗鬼になるかもしれない。