【前田日明(6)】 大阪・北陽高(現関西大北陽高)を卒業(1977年)したころに「新間寿(※1)と会わないか」という話になった。田中正悟(※2)が夜中に公園で練習してるときに佐山聡(※3)さんと出会ったのがキッカケ。「それはキックですか、空手ですか?」っていうところから仲良くなったらしい。で、1週間くらい佐山さんが道場に練習に来て一番タッパのあった俺が練習に付き合っていたんだよ。その話を佐山さんが(アントニオ)猪木さんに伝え、そこから新間さんに話がいき「引っ張って来い」となったんじゃないかな。

 いろいろなコネクションも持ってるし「勉強になる」と勧められて新間寿と会ったんだ。すると最初から「プロレスに入ってどうのこうの」って話すから「とんでもないです、無理です」と。俺の頭の中でプロレスって、生まれながらに「怪童」とか「神童」と呼ばれる人たちがやる世界だと思ってたから、とてもじゃないけど普通の人間には無理やなと。

 プロレスは断ったんだけど「じゃあボクシングは?」となって「好きです」と。そうしたら「ウチの猪木は(モハメド)アリ(※4)と親友関係だから、アリのとこに行かせてやってもいいぞ」って。当時、コング斉藤(※5)ってヘビー級ボクサーが話題になり、テレビの特番で試合したんだよ。俺は「コング斉藤なら勝てるやろ」と勝手に思ってたからさ。そんな俺がアリの下で練習したらすごくなるだろうし「それはいい話だ」と思ったね。

 それで「まずは新日本でヘビー級の体をつくって、モハメド・アリのジムに入りなさい。話をつけておくから」って。「そんなにお世話になって、どうやってお返しすればいいんですか?」と聞いたら、新間さんが「ちょっと試合してくれるだけでいいよ」って言うんだよ。でも「試合してくれ」っていうのもプロレスじゃなくてコング斉藤みたいにボクシングの試合をやればいいと思っていた。「そんなんでいいんですか、もちろんですよ」と入門が決まった。

 新間さんに会ったあと、すぐに猪木さんのマンションに連れていかれた。やっぱり迫力あった。対面で座ってる時も、猪木さんがずっと見てるから「絶対下を向いたらダメだ」って逆にメンチ切り返したんだ。緊張しながら“対峙”していたらアイスコーヒーを持った白い手が伸びてきて、フッと見たら倍賞美津子(※6)さんで、ビックリしたのを覚えてるよ。

※1元新日本プロレス専務、元WWF会長
※2空手時代の先輩
※3プロレスラー、初代タイガーマスク
※4元世界ヘビー級王者、1976年に異種格闘技戦で猪木と対戦
※5日本人初の元ヘビー級ボクサー、米国を拠点に活動
※6女優、猪木の元妻

 ☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)との一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘した。2008年3月からアマチュア格闘技「THE OUTSIDER」を主宰。192センチ、現役当時は115キロ。