【この人の哲学】上田正樹の名曲「悲しい色やね」制作秘話

2020年05月28日 09時00分

作曲家の林哲司氏

【この人の哲学:林哲司氏編(7)】最近、海外で再評価されている「シティ・ポップス」の楽曲や「悲しみがとまらない」などの大ヒット曲を数々世に送り出した作曲家の林哲司氏(70)。今回は1982年に発売されたあの名曲「悲しい色やね」にまつわる話。実はこの曲について、作詞家・康珍化氏が書いた関西弁の詞を、林氏が「嫌っていた」という話がある。その真相とは?

 ――1980年代にはアイドルから男性・女性シンガーまで幅広く曲を提供されています。中でも上田正樹(写真)が歌う「悲しい色やね」は、初回プレスわずか3000枚から9か月かけてヒットチャートを駆け上がり、大ヒット曲となりました

 林氏:あの曲、シングル用に書いたんじゃないんですよ。もともとはアルバム用に受けた3曲のうちの1曲です。シングル用は「売れなきゃいけない」という制約があって、覚えやすいいいメロディーや、耳に残るあざといメロディーを入れて作ります。対してアルバム用はそのアーティストのことを考えながら、比較的自由に、好きなことができます。

 ――どのようなことを考えたのですか

 林氏:実は僕がまだヤマハで雑誌編集のバイトをやっていた時、アマチュアだった彼の歌声を生で聴いたことがありました。練習室でピアノを弾きながら、ビートルズの「レット・イット・ビー」をあのハスキーな声で歌ってたんですね。その声質から、ジョー・コッカーがあのダミ声できれいなバラードを歌った「You are so beautiful」(1974年)のような構図を頭に描きました。あえてアンバランスな組み合わせ。上田さんならどうなるだろうと。

 ――ジョー・コッカーは英国出身、映画「愛と青春の旅だち」(82年)の主題歌のヒットで日本でも知られる、ハスキーな声が特徴のシンガーです。それで生まれたのが美しいメロディーの「悲しい色やね」なんですね

 林氏:当時バラードはあまりシングル向きではなかった。アルバムだから書いたんでしょうね。かなり満足できるクオリティーのメロディーが書け、英語の詞を載せてもいいんじゃないか、ぐらいに思っていました。しかし数週間後、レコード会社のディレクターが顔色をうかがうように持ってきたテープを聴いてがくぜんとしたんです。Bメロまで来たら「♪泣いたらあかん~」。え! 関西弁!? こりゃなんだ!と。

 ――林さんが関西弁の詞を嫌っていたという説がありますが…

 林氏:そこはちゃんと説明します。曲を書いた時、僕の想定の中には、英語か普通の日本語詞しかなかったんですね。関西弁という独特な言葉を使うなんて全く頭になかった。それがハマっていたことに驚いて、抵抗感があったんです。関西弁が嫌なのではなく、予想もしないボールが飛んできたことに困惑したんですよ。

 ――その曲がシングルカットされ、大ヒットしました

 林氏:最初はかすりもしなかったのが、半年ほどして関西で火がつき、やがて東京でもかかるようになりました。大ヒットまでかなり時間がかかりましたね。ある日、渋谷を歩いていた時、パチンコ屋から流れてきたこの曲に、思わず立ち止まって聴き入りました。初めてこの歌が体に入ってきました。歌の力を知った瞬間でした。

 ――関西弁の歌詞に対する思いが変わったんですね

 林氏:それまでの自分は美しいメロディーを書くことばかり考えてました。しかし「歌」というのは、詞とメロディーが一体となったものに、歌い手が息吹を与えてくれて生まれるもの。メロディーだけの話じゃないんです。

 ――康さんは当時を振り返ったインタビューで「林さん、『悲しい色やね』は嫌いだったの。詞を関西弁で書いたものだから。“こんな詞つけられて、曲が台なしだ”って思ったって」と発言されています。誤解されているということですね

 林氏:あの歌詞は、自分の「歌」に対する認識が甘かったことを教えてくれました。今では自分を戒める教材のようになっています。だから康さんには感謝してるんですよ。(続く)

★プロフィル=はやし・てつじ 1949年8月20日生まれ。静岡県出身。72年にチリ音楽祭で入賞。翌年シンガー・ソングライターとしてデビュー。作曲家として77年に「スカイ・ハイ」で知られる英国のバンド・ジグソーに「If I Have To Go Away」を提供。松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me」(79年)、上田正樹の「悲しい色やね」(82年)、杏里の「悲しみがとまらない」(83年)、中森明菜の「北ウイング」(84年)、杉山清貴&オメガトライブの「ふたりの夏物語」(85年)ほか数々のヒット曲を送り出している。自ら監修した「杉山清貴&オメガトライブ 7inch Singles Box」が4月15日に発売された。

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