故メリー喜多川さんの素顔とSMAPへの〝仕打ち〟 50年見続けた男が告白

2022年04月20日 11時32分

「女帝 メリー喜多川」を出版した小菅氏(東スポWeb)
「女帝 メリー喜多川」を出版した小菅氏(東スポWeb)

 ジャニーズ帝国を築き、昨年8月に亡くなったメリー喜多川さんについて記された“禁断の書”「女帝 メリー喜多川」(青志社)が先日、発売された。著者は1968年7月から50年以上、ジャニーズ事務所を見守り続けてきた、“ジャニーズウオッチャー”として知られる作家の小菅宏氏だ。これまで誰も書けなかったメリーさんの素顔に迫った――。

 これまで、数々の“ジャニーズ本”を執筆してきた小菅氏は、メリーさんについて「仕事には厳しいですよ」と語る。メリーさんは、ジャニーズ事務所創業者である故ジャニー喜多川さんの姉。ジャニーさんがタレントの発掘から育成、メリーさんが経営面と、2人で一大帝国を築いたといわれている。

 1926年に米ロサンゼルスで生まれたメリーさんは33年に来日。戦後、再びロスへ渡るが、57年に再来日した。小菅氏は「本人は言わなかったけど、ロサンゼルス時代はその日暮らし。子守をしたり、店の売り子をしたり」と、苦労の連続だったという。

 仕事への厳しさは「家族愛から来るものであり、その家族愛は、苦しかったロサンゼルス時代が根底にある」。この家族愛の対象になっていたのがジャニーさんだった。

「人一倍強い母性愛がジャニーさんに注がれていた」

 著書には「ワタシにとってウチの子はジャニーが育てた子だけ。そしてワタシの手元で成長した子だけ。それしか興味が持てないもの」というメリーさんの発言が掲載されている。「ウチの子」には愛情を注ぐが、「ウチの子」でなくなった時の厳しさを表す一例が、元SMAPの森且行へのひと言だ。

 森は96年にオートレーサーに転身しSMAPを辞めたが、その際にメリーさんは「森などという人間は最初からいなかった!」と発言した。

 小菅氏は「後にメリーさんは『ああ言うしかないじゃない』という話をしていました。あのくらい厳しく言わないと他の子たちがジャニーズ事務所を辞めるって言いだしかねない」。

 当時のSMAPは、森が中心的なメンバーでもあった。「ジャニーさんが期待していたし、そのジャニーさんを裏切った森はメリーさんにとって最大の屈辱になった。だから怒りも増大したのだろう」と小菅氏は語る。

 森が辞めた後のSMAPは「少年隊のデスクだった飯島三智に任された」と小菅氏。大ブレークし、国民的アイドルグループへと駆け上がった。

「メリーさんも大ヒットしてうれしくてしようがなかったと思う。でも、100%で喜べなかったんじゃないか」(小菅氏)

 SMAPの存在が大きくなるにつれ、ささやかれだしたのが事務所の後継者問題。メリーさんの娘である藤島ジュリー景子氏と飯島氏が“ライバル”といわれた。だが小菅氏は「メリーさんの中では派閥なんてあり得ない。『ジュリーは娘よ』と言い、後継者はジュリー氏であり、『後継者問題など存在しない』と語っていた」。

 またSMAP解散の引き金となったといわれているのが、2015年に「週刊文春」に掲載された「SMAPは踊れないじゃない」というメリーさんの発言だ。「ジャニーさんに連れられてオーディションに行ったことがある」という小菅氏は、この「踊れない」発言に首をかしげる。

「ジャニーさんが『ユー、野球やる?』と聞くのが印象的だった。ジャニーさんは、歌はレッスンすれば何とかなる。でも、ダンスは運動神経のない子には無理というのがあった。それが野球であり、合格の基準だった」

 そもそも運動神経がないと判断されたら合格できない。だからこそ「ジャニーさんが選んだSMAPが、『ダンスが踊れない』というのはあり得ないと思う。SMAPは超一流のダンサーではないだろうけど、一定レベル以上のダンスはできている」と力説する。

 発言の根底にあるのが後継者問題だという。もしSMAP解散という事態に至らなければ、「ジュリーと同等か、それ以上の業績を上げる飯島の会社が存在することになる」と小菅氏。それではジュリー氏の存在が脅かされる可能性があった。メリーさんの「SMAPは踊れない」発言は、「喜多川家という血縁関係を守るため」に、“後継者はジュリー氏”と認定させるためだったのでは、と小菅氏は分析する。

 SMAPは16年に解散。翌年には香取慎吾、草彅剛、稲垣吾郎がジャニーズを去り、20年には中居正広が事務所から独立した。小菅氏は「騒動の時、もし5人が飯島に付いて行っていたら、ジャニーズの勢力図は変わっていたかもしれない」と語る。

 昨年8月14日にメリーさんは他界した。小菅氏は「あとがきにメリーさんは女帝ではなく女傑だと書きましたが、女帝は周りから祭り上げられていることもある。女傑というのは、生まれながらにして自分が持っている生来の運命的なもの。メリーさんは祭り上げられた存在でない。だから私にとって、メリーさんは女傑という称号がふさわしいと思う」と話した。

☆こすが・ひろし 作家。東京都出身。立教大学(在学中シナリオ研究所修了)卒業後、株式会社集英社入社。週刊誌・月刊誌の編集を経て、1990年に独立。関連著書に「芸能をビッグビジネスに変えた男『ジャニー喜多川』の戦略と戦術」(講談社)、「アイドル帝国ジャニーズ50年の光芒」(宝島社)、「異能の男 ジャニー喜多川」(徳間書店)など。古典落語、昭和プロレスなどを愛好する。

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