【栗原紗英「14年続けている自分を想像していませんでした」】(12月30日掲載)
正直に言うと、ここまで続けている自分を、昔は想像していませんでした。でも気づいたら時間が積み重なっていて、節目が近づいているんだなと実感します。続けてこられた理由は、やっぱり「人」なんだと思います。ファンの皆さんとの出会いもそうですし、メンバーやスタッフさんとの関係もそうです。アイドルじゃなかったら出会えなかった人たちと、長い時間を共有できていることが、支えになっています。
昔は学生だったファンの方が、大人になってまた会いに来てくれたり、結婚や出産の報告をしてくれたりする。そうやって人生の節目に思い出してもらえる存在でいられることが、続けてきてよかった理由です。グループの中では後輩が増え、立場も変わってきました。今は、見てきたHKT48の歴史や、大切にしてきたものを次の世代につないでいく役割も感じています。曲に込められた意味や表現の背景は、誰かが言葉にしないと伝わらないものだと思います。
29歳の生誕祭で「まだHKT48で頑張りたい」と話したのは、後輩たちと一緒に進みたいと思えたからです。今は、「やり切った」と胸を張って言えるところまで、この場所で頑張りたいという気持ちが強い。いつか、その時が来たら自分で決めたい。そう思えるのは、ここまで多くの出会いがあったからです。出会ってくれた皆さんへの感謝を忘れず、これからも一つひとつのステージを大切にしていきたいです。
【石井彩音「表現力を生かして選抜入りを…」】(1月5日掲載)
チームKⅣに所属することになって、楽しみな気持ちと同時に不安もあります。KⅣはダンスが得意な先輩が多くて、私はダンスが得意な方ではないので、正直ついていけるかなって思う部分もあります。でも、見せ方が上手な先輩が多いチームなので、近くで学べることはたくさんあるなと感じています。公演や活動を通して、豊永阿紀さんのように表情や空気感で引きつける先輩の姿も参考にしながら、自分の表現を磨いていきたいです。
14周年記念公演で昇格が発表された時は、その前にツアーやコンサートの発表が続いていて、正直、心の準備ができていませんでした。だから名前を呼ばれた瞬間は、ただ驚きが大きかったです。ただ、この1年は、同期が先に昇格して悔しい思いも経験しながら、いただいたお仕事一つひとつに全力で向き合ってきたので、「ここまでやってきた」という実感は自分の中にありました。
研究生として過ごす中で、年下の同期が多い中でまとめたり、声をかけたりする役回りが増えて、精神的にも強くなれたと思います。自分にしかできないことを探そうと思ってグラビアに挑戦したり、自作衣装を作り、ハイタッチ会で着ました。公演では地頭江音々さんの目線や表情の使い方を意識して見ることが多いです。昇格後は、そうした表現力を生かして存在感を出し、2026年は選抜入りを目標に、応援してくれる家族やファンに、よりうれしい報告ができる1年にしたいです。
【山川万里愛「小学校低学年の頃から劇場に通っていました」】(1月13日掲載)
子供の頃は木に登ったり走り回ったりしていました。自然が多い環境で過ごしてきた影響もあって、人見知りな部分はありますが、本当は無邪気な性格だと思います。HKT48を知ったのは8歳の時で、2期生さんの公演を見て坂口理子さんと秋吉優花さんのパフォーマンスに強く引きつけられました。小学校低学年の頃から、劇場に通っていました。
オーディションは5期、6期と挑戦し、7期で名前を呼ばれました。年齢的にも一つの節目だと感じていましたし、自信が持てない時期もありました。もし受からなかったら、普通に仕事をしようと考えていた時期もあります。お披露目で初めてステージに立った時は、客席のペンライトがすごくきれいで、イントロで涙が出ました。ずっと客席側でペンライトを振っていたからこそ、今は振ってもらえるありがたみの重さを強く感じています。
家では料理やお菓子作りをすることが多く、クッキーやマカロン、天津飯やエビチリ、パンも発酵から作ります。作っている時間に集中できるのが楽しく、出来上がったものを家族に渡すのが好きです。趣味の沖縄三線は、生田絵梨花さんが番組で挑戦している姿を見たのがきっかけで、天神のお店で勧められて始め、公演で披露したこともあります。
20歳になり、成人の日を迎える年になりました。年上の立場として年下をまとめられる存在になりたいと考えています。2026年の目標は正規メンバーへの昇格と、公演にたくさん出ること。支えてくれるファンの皆さんには、いつも感謝しています。















