れいわ新選組の山本太郎代表が5日、東京・池袋で街頭演説をした。山本氏は多発性骨髄腫の一歩手前と診断されたことを受けて参院議員を辞職。治療に専念するために衆院選では応援に立たないとしていたが、公示後初めてマイクを握った。
JR池袋駅西口に立った山本氏は「病気になっちゃった。血液のがん。今日が最後の日、今日が引退の日と思って政治に関わってきた。結果どうなったか。病気になった。みなさん、仕事に殺されないでください。私はラッキーだった。ツイてるねえ。だからここから体を治して、もう一度妖怪だらけの永田町に戻って鬼退治をしたい」と再起を誓った。
情勢調査で自民党と日本維新の会で300議席超えともささやかれるなかで、「自民党に300議席なんて渡すわけにはいかない。一体何を期待する? 変えるしかない。障害になるのは大人のあきらめ。私も超絶無関心だった」と自身を振り返った。
「16歳の時にグラビアアイドルとしてデビューしたんです。ビキニパンツはいてね、テレビで踊っていた。楽しかった。この20年間の芸能生活で転機が訪れるんですよ。それが原発事故だったんです」。2011年の東日本大震災で東京電力福島第一原発事故が発生。その後、山本氏は政治の世界に足を踏み入れていた。
また、「私がこういう話をすると『山本太郎の演説を聞いたけど高市さんの悪口ばっか言っていた』『ほかの政党の悪口ばっか言ってた』、そう言う人います。ごめんなさい、そんな甘ちゃんでは食い物にされるだけだよ」と指摘。「政治っていうのは常に国民を裏切るということを前提として皆さんが監視しないといけない。れいわ新選組も例外ではない。政治に対して推し活のようなことをするっていうのは、皆さんの首を絞めるようなことを見て見ぬふりし続けることと同じことなんです」と訴えかけた。
情勢調査でれいわは厳しい状況にあるとされている。「あなたが政治を監視して、そして一緒に力を合わせてほしい。一度もブレたことないよ。おっきくしてよ。力を貸してほしい。山本太郎が戻って来るまでの間に議席を増やして、さらなる大きな力を与えてください」と投票を呼び掛けた。












