フリーアナウンサーの笠井信輔氏が13日、ブログを更新。1日に死去した久米宏さん(享年81)を追悼する文章を投稿した。

 笠井氏は「1980年代 アナウンサーを目指す我々学生にとって、久米さんは アナウンサー界のスターであり カリスマでした」と久米さんの存在感の大きさをつづった。

 さらに「アナウンサー試験を受けるときに テレビ朝日で『好きなアナウンサーは徳光さん 憧れのアナウンサーは久米さん』と話したら『ニューステーションの改善してほしいところを教えてください』 返されて非常に焦ったのを覚えています」とテレビ局を受ける際の思い出を振り返った。

 続けて「みなさんTBSの『ぴったしカンカン』という番組を覚えていますか? 1980年代の視聴者参加型 高視聴率 人気クイズ番組でした 実は私、その番組のアルバイトで大学生時代 『予選会の司会』と『本番の前説』を務めていたのです 番組と同じ形式で予選会を全国で行い 出演チームを選ぶのですが 司会者の代わりに 同じ席に座って番組(予選会)を進行するアルバイトでした 初代司会者は久米宏さん 久米さんは、この番組でブレイクしました」と自身が久米さんとの縁が深い「ぴったりカンカン」でアルバイトをしていたことを明かした。

 その番組のアルバイトは伝説があったといい「その時代の予選会の学生代役司会者は 小倉淳さん(成城大学→日本テレビアナ) 川端健嗣さん(立教大学→フジテレビアナ) 寺崎貴司さん(立教大学→テレビ朝日アナ) そのアルバイトを務めると、次々と局アナになると言う伝説のバイトに、私もオーディションで合格したのでした」と解説。

 さらに「私が担当していた時代は久米さんはもう卒業されていて 二代目、小島一慶さん そして三代目、吉田照美さんの代役司会者を務めました」と振り返った上で「バラエティも報道もこなす久米宏さんは私にとって雲の上の人なんです ですから、今回、スポーツ紙が訃報の見出しに『ニュースステーション』ではなく『ぴったしカンカン』を持って来てくれたことがとてもうれしかった」と感慨深気につづった。

 続けて「アナウンサーになってから、一度、仕事先でお会いしたことがあったのですが やっぱりオーラがすごくて背も高くて 圧倒されてしまって ご挨拶で一言二言お話しすることぐらいしかできませんでした」と初めて会った際に緊張した思い出をつづり「どんな大物俳優の方を前にしても、そんなに硬くなる事は無いのですが久米さんは特別でした あの時、もう少ししっかりお話しできてればよかったと悔いております ご冥福をお祈りいたします」と故人を悼んだ。