【女子ボートレーサー・インタビュー 中村紋夕梨(あゆり、21=愛知)前編】
――ボートレーサーを目指した理由は
中村 幼い頃から空手を習っていました。男女関係なく戦うことが多かったし、インターハイにも出場。勝つ喜びと負ける悔しさをいっぱい経験してきました。体を動かすことが好きで普通の事務の仕事よりもスポーツがしたいと思っていました。
――ボートレースとの接点は
中村 家の近くにボートレースとこなめがあり、見る機会も多かったのもあります。小さい頃は全然考えていなかったけど、高校卒業してからの進路を考えたときに「稼げる選手になりたいな」と思うようになりました。
――試験は大変だった
中村 3回目で合格しました。高校を卒業して1年間はフリーターみたいな感じで試験を受けるためにいろいろ対策していました。試験に落ちるのが本当に悔しくて誕生日に3次試験の不合格通知が届いちゃったりして、受かるまでは続けてみようと思いました。カフェとか図書館でめちゃくちゃ勉強していました。でも、結局勉強したところは出たかっていうと出てないような気もします(笑い)。
――ボートレーサーになる決意を明かした時の両親の反応は
中村 やりたいんだったらやりなさい、と賛成してくれました。今、思えば小さい時からボートレーサーになるように誘導されていたかもしれないです。まんまと引っかかってしまいました。受かった時はすごく喜んでくれました。
――ボートレーサーになってみて
中村 なかなか成績も取れなくて、いい展開があっても行けなかったり…。毎日、悩んでいる日々です。運とかもあると思うけど、自分は運がない方なんじゃないかなと思います。でも、そこは実力でなんとかできるようにくじけないようにしたいです。
――浜名湖GIIIオールレディース5日目の6月17日に同期の中嶋世奈選手がデビュー初勝利。この時は中村選手も一緒にいた
中村 気にする部分も少しあるけど自分のペースで焦らず、Fだけは切らずに行きたいです。デビュー期に意味のないFをしてしまって自分にとって痛かったので、もうFとか嫌な思いははしたくないです。
――師匠は北野輝季選手。弟子入りした理由は
中村 一番最初に知ったレーサーが北野さんだったのがきっかけです。試験に受かる前から勝手に「北野さんがいいな」と思っていました。同じ地元で歯医者が一緒だったり保育園も一緒で身近な存在だったので、デビューしてすぐにお願いしに行きました。そうしたら「これから一緒に頑張っていこう」と言ってくれて、そこから北野さんのことを知っていく感じでした。
――どんな師匠
中村 北野さんはレースへのポジティブさとか、すごい真剣に教えてくれます。自分は結構ネガティブなんですけど、ポジティブに変えてくれて勇気をくれます。まだ1回しか同じレースで走っていないけど、背中を見て育っています。足が長くてスタイルがいいんですけど、モンキーの姿勢とか「カッケー!」っていつもなってます。きれいなモンキー姿勢と正確な判断を見習っていきたいです。
――印象に残っている師匠からの言葉は
中村 成績があまり残せていない分、不安が多かった時に「絶対強くするから。絶対に大丈夫だから」という言葉が一番です。2着、3着を取った時もすごく喜んでくれたみたいなので、早く水神祭して喜んでほしいです。













