【イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズ/ドゥ・イット・ユアセルフ(1979年)】
ニューウェーヴ全盛当時の音楽シーンで、ブリティッシュファンクという新たなジャンルを確立させた名盤。2トーン・ブームを巻き起こしたザ・スペシャルズと同様にパンクのエッセンスを取り入れ、独自の大胆かつ強烈なビートを生み出した。
キャリアは古く60年後半代から「キルバーン&ザ・ハイローズ」でいわゆるパブロックで活動。パンクの波が押し寄せた後、イアンが34歳の77年からブロックヘッズを結成。同年に大傑作「ニュー・ブーツ&パンティーズ!!」でデビューすると独自のサウンドで一気に人気を得た。
脇を固めたのは81年にクインシー・ジョーンズが大ヒットさせた「愛のコリーダ」の作者で名ギタリストのチャズ・ジャンケル、ザ・クラッシュのアルバムにも参加した名ベーシスト、ノーマン・ワット=ロイやキーボードのミッキー・ギャラガーなど名手ばかり。そのサウンドとビートはタイトかつ強固で、イアン独特の奇妙なパフォーマンスは「子供が見てはいけないもの」といった印象を与える異様な迫力に満ちていた。
同アルバムはダブやレゲエも取り入れつつ徹頭徹尾スキのないゴリゴリのファンクサウンドが鳴らされる。不気味ながらスリリングな「インビトウィニーズ」で幕を開け「クワイエット」「シンク・マイ・ボーツ」で疾走する。B面の「ミスチーフ」からクライマックスの「ダンス・オブ・ザ・スクリーマーズ」の迫力は声を失う。駄曲は1曲もない。
バンドは78年のシングル「ヒット・ミー・ウィズ・ユア・リズム・ステック」で初の全英1位を獲得。このアルバムはその直後の全盛期に出され、84年の活動休止まで名作をリリースし続けた。イアンは2000年にがんのため死去したが、ソロでも多くの傑作を残している。時代を象徴する名盤である。












