女性タレントや一般女性のみずみずしい肢体などを写した「激写」シリーズなどで一世を風靡した写真家の篠山紀信さんが4日、死去した。83歳だった。山口百恵からジョン・レノン&オノ・ヨーコ夫妻、三島由紀夫など被写体はあらゆるジャンルに及んだ。「ヘアヌード」ブームの先駆けとなり、18歳の女優宮沢りえをとらえた写真集は大ベストセラーに。時代の旗手が人生の幕を閉じた。
80歳を超えても篠山さんは第一線で活躍し、昨年末にはウェブで連載中の企画の作品を掲載していた。年明け早々、急逝が明らかになった。妻は元歌手で天地真理、小柳ルミ子とともに「新3人娘」と人気を博した南沙織さん。息子はタレント篠山輝信。
篠山さんは1940年生まれ。日大芸術学部写真学科在学中に広告制作会社に入社し、卒業後の66年に日本写真批評家協会新人賞を受賞、68年にフリーに転じた。
若い世代の心をとらえたのは70年代、青年らを対象とした雑誌「GORO」(小学館)で始まった「激写」シリーズだった。75年に掲載された人気歌手・山口百恵のグラビアが始まりだと言われる。以後、数々の女性タレントや一般女性のヌードなどが誌面を飾り、被写体の話題性や衝撃度、生々しいショットなどから「激写」は篠山さんの代名詞となった。
91年には女優樋口可南子のヌード写真集「water fruit」が「ヘア」で物議を醸す。これを機に日本では続々と「ヘアヌード」写真集などが刊行され、篠山さんと樋口は“解禁”のきっかけとされた。
さらに衝撃を呼んだのが同年秋出版の宮沢りえ写真集「Santa Fe」。当時18歳、人気急上昇中の女優がその肢体をさらした作品は発売前から注目され、品薄になるなど爆発的な売れ行きに。累計発行部数165万部という超ベストセラーもまた、ヌード撮影時の宮沢が未成年にあたる17歳だったのではないかという疑惑が指摘されて議論になった。
2010年、本紙の取材に篠山さんは「正真正銘、18歳になってからの写真です」と明言。「この写真集はエッチっぽくない。エロを売り物にしていない。中学生から大人まで全国民用のヌードみたいになったんじゃないか」とも語った。
騒動をいとわぬ姿勢は篠山さんの真骨頂。10年には、人目につく屋外で女性のヌードを撮影したとして公然わいせつなどの罪に問われ、罰金30万円の略式命令を受けている。捜査では家宅捜索も行われた。
篠山さんのアングルは作家三島由紀夫やビートルズのジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻など広く及ぶ。プロレス会場にも足を運び、リングサイドでカメラを構える姿が見られた。16年には新日本プロレスの看板レスラー、オカダ・カズチカとコラボ。団体の公式ブック掲載のグラビア用写真や月刊誌にヌードを載せるなどして話題に。力道山をリアルタイムで見た篠山さんにとって、プロレスもまた尽きせぬ関心の対象だった。
女子大生の表紙で注目された週刊朝日の表紙も担当し、その1人だった女優宮崎美子は20年、60歳のビキニ姿のカレンダーが発売された。これも撮影した篠山さんについて、宮崎は一部取材に対し「魔法のレンズ」とコメント。
まさにレンズを通じて人々を魅了したカメラマンだった。















