【SKE48運営トップ3インタビュー(1)】
アイドルグループ「SKE48」が4月1日から株式会社SKE所属として新たなスタートを切った。親会社で東証スタンダード上場企業・株式会社KeyHolderの大出悠史社長(43)、株式会社SKEの北川謙二代表取締役社長(46)、大山武志代表取締役(54)の3人を直撃インタビュー。18年目を迎える名古屋発のアイドルグループはどんなステージを目指していくのか。これからの展望と戦略に迫る。
――4月1日付けでKeyHolderグループ内の組織改編が行われ、SKE48は所属事務所の株式会社ゼストから離れて株式会社SKE所属となった。この目的は
大出社長(以下大出) 1番の目的はSKE48のリブランディング、そしてSKE48事業をしっかりと行っていきたいというメッセージです。SKE48事業のみの会社となるので、会社内の資源をどう使っていくか、今後の展開や数字の見え方も含めて明確化されていきます。意思決定の速さ等も背景にあります。
――ゼスト内の1コンテンツとは違ってくる
大出 SKE48は利益が出ている事業体です。ただ芸能関係の会社は新規コンテンツ開発への資金投入、イニシャルコストがかかってしまう。SKE48でしっかりとたくわえた利益が他に流れてしまう部分もあった。ゼストがちょっと重い形になってきていたことで(SKE48への)新たな投資に若干ブレーキもかかるところも見受けられていました。そういったことがないようSKE事業のみを考えた会社にしていきたいと考え、分割をいたしました。
――重い部分というのは?
大出 もちろん(ロックバンドの)Novelbrightなどしっかりと利益の出ているアーティスト、タレントもいますが、その他のアーティスト、タレントについては収益化するまでに時間がかかりますし、組織である以上当然そこにひもづく人件費もかかってくる。また芸能スクール事業なども行っていましたのでそのコストが重くのしかかっていた。もっとアクセルを踏むべき部分を素早く判断できるようにSKE48のみを構えた会社にしたという形です。
――株式会社SKEは北川謙二代表取締役社長、大山武志代表取締役の2トップ体制でスタート
大出 北川は古くから48グループの事業に携わってきており、AKB48のこともよく分かっている。SKE48についても立ち上げからしっかりと見てきてくれた人です。過去の歴史も分かっていますし、合わせて今後の新しい展開、リブランディングについてもしっかりとした知見を持っているというところでお願いしました。大山は3月5日に行われたファンとの座談会でも少し公表というか、ばれましたけど実は根っからのSKEオタクでもあります。新しいことにチャレンジする上でも、過去をしっかりと分かっている人がやらないと大事なものを失ってしまうかもしれない。そういった意味でもこの2人を抜てきさせていただきました。
――北川社長は株式会社SKE代表の話がきたことはどう思いましたか
北川社長(以下北川) SKE48は昔からのファンがすごくついていてファンの熱量、そしてメンバーのパフォーマンスの熱量がすごくある熱いグループです。これから新しい部分も含めてどう伸ばしていけるのかを考えたとき、まず最初は楽しみだなと思いました。共同代表という形で大山がいますので、実務的な細かい部分も含めて2人で力を合わせながらどう改革をしていけるか。1番はやっぱりファンの人たちにもっとワクワクしてもらいたい。新しい魅力をさらに感じてもらいたいですね。
――具体的には
北川 これは国内全ての48グループの課題ですけど、新しいファン層にもついてもらうこと。そのためには、やはり女性向けにも何か意識しなければいけないと思います。AKB48はスターメンバーが何人も出てきて女性のファン層がすごくついてきています。そうすると見え方や活気も変わってくる。もちろん既存のファンの方たちを大事にしながらということも大切にしつつ、SKEでもそういうところを取り入れていきたい。女性ファンにも刺さっていくと一気に着火するんじゃないかなと思います。
――大山代表はSKE48経営陣に加わることはどう思いましたか
大山代表(以下大山) 正直、大変驚きました。けれども大出、北川からの話を聞いてご期待いただけることは非常にうれしいことだと感じました。15年前、普通にSKE48の握手会に並んでいた男がまさか経営に携わることになるとは…。これはもう〝天命〟と受け止めて、今のSKE48をより盛り上げていこう、リブランディングしていこうと決意を固めました。
――ファンとの座談会では「ごめサマ新規」と自己紹介していた
大山 (2010年7月7日発売の)3枚目シングル「ごめんね、SUMMER」でSKE48が気になり「バンザイVENUS」(2011年3月10日発売の5枚目シングル)で開花し、その後ぐらいから現場に行くようになりました。
――2期生の磯原杏華さんを応援していた
大山 入り口は松井玲奈さんで、そこからいろんなメンバーを見つけていって、初めて劇場公演に行ったときに磯原杏華さんを見つけたというのが流れです。磯原さんを応援する同志たちのことを「いそっぷ」っていうんですけれど、みんなで力を合わせて総選挙にランクインさせようじゃないかという動きが数年あり、見事、ランクインしました(※第1回総選挙から4年連続で圏外だった磯原杏華は2013年6月8日に行われた第5回総選挙で1万2319票を集め58位に初ランクインした)。そういったファンの団結力、(メンバーの頑張りとファンの応援の)ベクトルが本当にぴったりと合っている姿がSKE48がもっているもの(熱量)につながっていくんだなと当時は思っていました。
――そのときは名古屋在住だったのですか
大山 東京から(公演を見るために)名古屋へ行っておりました。ただ私自身は名古屋出身で実家は天白区なんです。名古屋という土地柄というか、名古屋あるあるなんですけど〝地元愛〟が強い。中日ドラゴンズが好きだとか、百貨店は松坂屋でタクシーは名タク(名鉄タクシー)みたいな…。(SKE48を応援するようになったのも)そういったことがあるかもしれないです。












