大相撲の元関脇貴闘力の鎌苅忠茂氏(56)が、17日に60歳で死去した元関脇寺尾・錣山親方を追悼した。自身のユーチューブチャンネル「貴闘力部屋」の中で「ご冥福をお祈りいたしします。寺尾さんと言えば、39歳まで相撲を取ってたんで。自分と30回か40回ぐらい相撲を取らせてもらって。力士は寿命は短いけど、でもやっぱり60歳は早い」と早すぎる死を惜しんだ。

 鎌苅氏の現役最後の相撲は2002年秋場所12日目。十両の土俵で寺尾と対戦し、はたきこみで敗れて力士人生にピリオドを打った。「2人ともたぶん、最後(の対戦)だなというのは思っていて。ヘロヘロな体で全然だめなんだけど。それでも絶対にはたかない、そういう相撲を取ろうと思って。案の定、向こうも目いっぱい突っ張ってくれた。最後は足がもつれて、はたかれて落ちたけど。最後(寺尾から)肩をポンポンって(たたかれた)。〝お疲れさん〟みないな。分かってたんでしょうね。相手も察知してくれて。俺の最後の相撲は寺尾さんなんだよね」と振り返った。

 さらに「俺が関取になってから相撲協会で(本名の)『鎌苅』と言うのは、ウチの師匠(元大関貴ノ花)と寺尾さんだけだったよね。『おいっ、鎌苅』とか言って。ずっとウチの師匠と寺尾さんだけは、鎌苅。あとはみんな『力関』とか『力』とか。何でかな?と思ったら、寺尾さんも(過去のしこ名が)『力三郎』だから『力関』って言われてたんだよね。ああ、そういうことで俺のことを鎌苅ってずっと言ってたんだなと思ってね」とエピソードを明かした。

 一方で、鎌苅氏と錣山親方は、貴乃花親方(元横綱)の理事選出馬を巡る騒動(貴の乱)で行動を共にした間柄でもある。鎌苅氏は「寺尾さんも、現役の時は悔いなかったんじゃないかな。39まで目いっぱい、相撲を取れてね。ただ、やっぱり(現役を)辞めた時にね。俺らと組んだのが良くなかったのかなと思ってね。俺らと組んでなかったら、理事には間違いなくなれたよね。まあでも(本人は)そんなことは思ってなかったろうしね…」と複雑な表情を浮かべていた。