「藤子・F・不二雄 生誕90周年 企画発表会」が4日夕、都内であり、1996年に62歳で他界した藤子さんの意外なエピソードが明かされた。
小学館の雑誌で「ドラえもん」の連載が始まったのは1969年。初代担当編集の河井常吉さんは、当時入社1年目の24歳で、藤子さんは11歳上だった。「連載が始まってもなかなか人気が出なかった。地味にスタートしてる」と振り返る河井さん。
それが今では国民的人気漫画に。藤子さんとの思い出話として、河井さんは藤子さんが好きなモノを「奥さまと3人のお嬢さん」「ドラえもんや漫画を描くこと。仕事すること」「人をビックリさせること」と3つ挙げた。そして「先生が好きなモノ。ハンバーグライスです」と、こんなエピソードを明かした。
「先生と打ち合わせをして、食事に行くんですね。先生に『何お食べになりますか?』って聞くと、『ハンバーグライス』。メニュー見ると、上にステーキとかボルシチとかもっともっと、今まで私自身が聞いたことないようなおいしそうなものがいっぱいあったんですけど、それでも先生は『ハンバーグライス』。しょうがないですから、『じゃハンバーグライスを2つと、ビール1本下さい』。それがいつものパターンでしたね」
河井さんが当時驚かされたという、連載1か月前にもらった「ドラえもん」連載予告の原画も公開された。そこには、机の引き出し(タイムマシンにつながる場所)から「出た!」という吹き出しが飛び出し、のび太っぽい子供が逃げ出す様子が描かれているだけで、ドラえもんの姿はナシ。
画の周りには「すごーく おもしろいんだ! すごーく ゆかいなんだ!」「でも、どんなお話かは、正月号のお楽しみ」などの文字が書かれている。河井さんは「絵の部分だけもらって、私が周辺のデザインを全部自分でやった」と打ち明けた。













