かつてのカリスマボクサーの現在地とは――。元WBA世界スーパーフライ級王者の鬼塚勝也氏(52)は、現役時代にガウンなどを自らデザインし「スパンキーK」の愛称で多くのファンをとりこにした。人気絶頂の1994年9月のV6戦で、網膜剥離を起こし電撃引退。6年のプロボクサー生活に幕を下ろしてからは小さいころから好きだった絵を描き始め、現在は画家として活動している。単独インタビューに応じた鬼塚氏が「今」を語った。

 鬼塚氏は現在、画家として活動しながら、自身が開設したボクシングジムの会長として指導をしている。

 鬼塚氏(以下鬼塚)「制作以外の時間はトレーナーと一緒に練習を見ています。選手志望は募ってないから、ダイエットやエクササイズで通う人が多い」

現役時代の鬼塚氏。左は林在新(1993年)
現役時代の鬼塚氏。左は林在新(1993年)

 では、なぜボクシングの元世界王者がアートに注力しようと思ったのか? きっかけは1994年に引退後、米ロサンゼルスに渡り、現地の幼稚園で短期アルバイトをした時だった。

 鬼塚「子供たちが寝ている間に描いた落書きを壁に張ったら、すごく喜んでくれて。引退して何もなくなったと思っていた自分が好きなものに気づけた瞬間だった。ボクシングもアートも腕一つで自己表現できるのは一緒で、没頭できる」

 鬼塚氏は作品を「ファイティングアート」と名づけており、強いから戦うのではなく弱いから戦うという自画像が多い。

 鬼塚「僕は小さいころから体も弱く身体能力も高くない。そんな自分が強さを求めリングの上で勝ち残るためにはどうするか、常に考えていた。絵も一緒で器用に描ける才能はない。ならば描き続けて自分のものにするしかない」

 絵に向ける集中力はボクシングにかける思いと変わらず、徹底している。弟子と一緒に生活しながら、テレビのアンテナは20年以上つないでいない。パソコンなどほとんど開かないし、自分の欲しい情報以外は、ほぼシャットアウト。その環境下で自分と向き合うことを今も大切にし、「継続は力なり」を体現する。

 2011年に東京で個展を開いてからは本格的にアートの世界にのめり込み、一日も欠かさずドローイング(デッサン)しているという。今ではその数は2万点以上にも及ぶ。

 鬼塚「絵を描く上で一番大切にしていることはエネルギーです。もちろん表面的な技術を向上していくことは当たり前だけど、それ以上に自分が培ったファイターとしてのエネルギーを作品の中にぶつける。決して目に見えるものではないけど、作品から出るパワーみたいなものを出せるように、自分自身の力を落とさないよう常に意識してます」

鬼塚氏の作品倉庫
鬼塚氏の作品倉庫

 画家としての活動は絵画、コラージュ作品を制作しながら洋服やアクセサリーなどのデザインも行う。最近ではデジタルアートの案件も来ており、鬼塚氏は「時代はどんどん加速している。自分はアナログ的人間だけど新しいものにも目を閉ざさず、やれることは挑戦していきたい」と話す。

 ボクシングの現役時代と変わらないことは他にもある。それは体重だ。一日をリンゴ1個で過ごす日もあるというほど、徹底している。

 鬼塚「体は一番の自己表現だと思っている。その時の理想に合わせて体形も変えており、10キロくらいの変動はよくあります。根本的に食べることは大好きで羽目を外すこともあるけど、減量中の1杯の水や食べ物のありがたみは忘れないように、定期的に体を空にすることは今でもやってます」

 現在の原動力は、愛猫の「ひまわり」ちゃん。雨の日にジムの前で段ボールの中に入れられ、弱った姿を見つけた。それから育て始めて17年。取材中も抱き上げて仲むつまじい姿を見せたが、愛猫が約6年前に糖尿病を患った時から“表舞台”を避けるようになった。

 鬼塚「毎日、注射を打たないといけないので遠方には行けないし、命の時間は人より短いので、ひまわりと一緒にいることを何よりも大事にしている。僕にとっては守り神みたいな存在。絵を描く時もいつもそばにいてくれるし、心が慌ただしいとすぐに感じ取り平穏に戻してくれる」

愛猫を抱く鬼塚氏
愛猫を抱く鬼塚氏

 今後については「一生アートを続けていく」と言い、福岡県内に自身のギャラリーをつくる計画を進めている。いずれは今まで描いてきた全作品展を美術館でやりたいと話す。

 鬼塚「とにかく今は時間を無駄にせず、一つでも多く作品をつくって、いつ“試合”が決まってもいいよう準備はしています」

 ボクサー時代同様にストイックにアートに向き合い続けている。

☆おにづか かつや 1970年3月12日生まれ。福岡・北九州市出身。小学生のころに「世界一強い男」になると決心し、ボクシングの世界王者を志す。88年にプロデビューを果たし、92年4月にWBA世界スーパーフライ級王座を獲得。5度の防衛に成功。94年9月に6度目の防衛戦で敗北。網膜剥離を起こし、引退を表明した。プロ戦績は25戦24勝(17KO)1敗。引退後は福岡市に自身のボクシングジム「SPANKY・K SACRED BOXING HALL」を開設。画家としては2011年から18年まで定期的に個展を開催した。

渾身の作品と並ぶ鬼塚氏
渾身の作品と並ぶ鬼塚氏