話題のドラマ「VIVANT」(TBS系)で富栄ドラムが存在感を放つなど昨今、力士俳優ブームだ。その火付け役となったのが全世界で大ヒットしたネットフリックス作品「サンクチュアリ―聖域―」。一ノ瀬ワタル演じる主人公・猿桜の兄弟子・猿谷を演じた澤田賢澄(37)は、本作で俳優デビューした。力士引退後のセカンドキャリアに苦悩するなかで、つかんだ俳優の夢――そこには7月に引退した弟・佐ノ山親方(元幕内千代の国)との絆があった。
澤田(四股名は千代の眞)は2002年に初土俵。力士時代の最高位は幕下59枚目で、11年ごろに原因不明の腎炎を患い、体重は40キロも落ちた。そんななか弟の千代の国が幕内に昇進し、潮時を悟り、12年に引退した。
引退後は地元の三重県伊賀市に戻り飲食店を始めたが今度はコロナ禍が直撃。開店休業状態のなかサンクチュアリのオーディションの誘いを受けた。物語は不良高校生(一ノ瀬)がお金のために相撲部屋に入門し、若手力士・猿桜として角界でのし上がっていく姿を描いている。かわいがり、八百長、タニマチといった相撲界のタブーにも切り込んだ。日本相撲協会は関わっておらず、逆鱗に触れる可能性もあった。
「不安はありました。弟がまだ現役だったので弟が肩身の狭い思いをするのは嫌だった」と迷いはあったが「コロナ禍で大変だったんで出演してコロナが明けた後にお店の宣伝になればなと。弟には『申し訳ないけど出るよ』って」
兄の申し出に千代の国は「自分のやりたいことをやればいいんじゃないですか」と短い言葉で背中を押したという。
演技経験ゼロながら猿谷役を勝ち取った。ケガを抱えながら関取復活を目指す元小結役は、2度の幕下陥落がありながら復活した弟をモデルにした。断髪式で涙を流すシーンは「自分の断髪式の時は笑ってたんですよ、やり切ったと思って。だから役に入り込んでましたね」。
相撲関係者からは大好評だった。「白鵬さんなんて猿谷って呼ぶんです。お店で(猿谷のセリフの)『てめぇの相撲は、ただの点なんだよ』を言わされて、それをスマホで撮ってました」と照れ笑いを浮かべた。
兄弟関係にも変化があった。「僕が『千代の国の兄』って言われてたんですけど、弟が『最近、猿谷の弟って言われるようになった』って、ボヤいてました(笑い)」
千代の国は7月に引退を表明。「猿谷は弟をモデルにさせてもらったんですけど猿谷と同じ道を歩んでほしくなかった。もう1回復活してほしかった」と残念がった。
困難のなかでチャンスをつかんだのは、元メジャーリーガーのイチローさんの言葉のおかげだ。「テレビでイチローさんが言ってた『しけたツラをしたやつにはチャンスは巡ってこない』という言葉を大事にしてます。下を向くんですよ、しんどいと。でも絶対に前を向いてないと、いいものを見れない」
本作で静内を演じた住洋樹(元十両飛翔富士)がキアヌ・リーブス主演のハリウッド映画「ジョン・ウィック:コンセクエンス」(9月公開)に出演することも刺激になっている。澤田の視線の先には諦めない者だけが見ることができる景色が広がっている。
☆さわだ・けんしょう 1986年6月23日生まれ。三重県伊賀市出身。中学卒業後に九重部屋に入門し、2002年春場所で初土俵を踏む。12年秋場所で引退。元大関小錦のKONISHIKIらと世界各国で相撲ショーを行っている。