2015年、池松壮亮さんの呼びかけで、東陽一監督と当時ホリプロの鈴木俊明さん、私の4人で話す機会を持った。テーマは、東監督と池松さんのコンビで劇映画の企画を考えようというものだった。
その日から、映画の原作探しを始めた。いくつかの候補作が上がったが、最後に残ったのは井上荒野さんの「だれかの木琴」だった。出版元の幻冬舎の編集部を通して井上さんに連絡をとった。井上さんが東監督作品のファンだったことが幸いし、快諾してもらった。
主演は常盤貴子さん、池松壮亮さんに決まり、他に勝村政信さん、佐津川愛美さん、山田真歩さん、岸井ゆきのさんたちが出演を決めてくれた。
警備機器会社の営業マンの夫(勝村さん)と中学生の娘(木村美言さん)の3人暮らしで、新しく購入した洒落た中古の建売住宅で暮らし始めた平凡な主婦の小夜子(常盤さん)が、初めて入った美容室の若い美容師に心惹かれていく物語だ。
小夜子はいつのまにか、美容師の海斗(池松さん)にストーカーまがいの行動をとるようになっていく。家庭内がうまくいっていないなどという分かりやすい行動ではなく、平凡な日常のふとした瞬間、心の隙間に入り込む魔物に憑りつかれるような、女性の揺れる心情をナイーブに描いた作品になっている。題名にある木琴の音を、小夜子は幼いころ聴いているのだが、誰が叩いていた音なのかは、映画では明らかにされない。
「だれかの木琴」という作品は、1970年代の東監督の初期作品である「やさしいにっぽん人」「日本妖怪伝サトリ」以来、東監督がこだわってきた人間の不可解さ、とりわけ女性のたおやかな“憑依性”のようなものに迫ろうとした作品だったように思う。そのような女性像に迫るのに、常盤さんの存在はなくてはならないものだった。常盤さんの小夜子でなければ、成立しなかった映画だ。
東監督は音の構成にもこだわった。小夜子の体の奥底から沸き起こる衝動を表す効果音として、そこでは聞こえるはずのない米軍機オスプレイの、独特の飛行音・振動音を使っている。また、この物語を現代の社会現象の設定にするために、主題歌に井上陽水さんの「最後のニュース」を使った。
映画にするには地味なテーマの作品かもしれないが、しかし、映画でしかできない表現の領域にまで踏み込んだ作品であり、東監督作品の集大成になったと思っている。私の好きな作品の1本だ。
☆やまがみ・てつじろう 1954年、熊本県生まれ。86年「シグロ」を設立、代表就任。以来80本以上の劇映画、ドキュメンタリー映画を製作・配給。「絵の中のぼくの村」(96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞受賞をはじめ、国内外の映画賞を多数受賞。主な作品に石原さとみ映画デビュー作「わたしのグランパ」(2003年)、「老人と海」「ハッシュ!」「松ヶ根乱射事件」「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「沖縄 うりずんの雨」「だれかの木琴」「明日をへぐる」など。最新作「親密な他人」が公開中。












