
桟原将司「ハナの剛腕道中」
2003年ドラフトで4巡目指名を受け、阪神入り。そのプロ入団時には昭和を代表するコメディアン・ハナ肇さんの親戚であることも公表し、大きな話題をさらったのが桟原将司氏。入団2年目の年には鉄壁のリリーフ陣「JFK」の裏を担う「SHE」として第1次岡田政権でリーグ優勝に貢献。頼もしきタテジマのセットアッパーとして一時代を築き上げた右腕の半生と交遊録を振り返る。


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