【前田日明(8)】 1977年に新日本へ入門したころ(アントニオ)猪木さんとのスパーリングで目突き、金蹴りしようとし、みんなからフルボッコにされたのに、一人だけ笑っていたのが藤原(喜明)さん(※1)。あれがキッカケで距離が近くなった。
新人はスクワットだ、プッシュアップだって絞られて、ヘトヘトになったところにスパーリングをやるから、もう体力が残ってないんだよね。当時は藤原さん、98キロくらいあったから、最初のころは上に乗られただけで何もできなかった。
でも、そうこうしていると、坂口(征二)さん(※2)が「俺もやってやる」とスパーリングの相手になってくれた。試合前で会場に観客が入ってる状態。1年くらい藤原さんとやってたおかげか、坂口さんは俺を全然極められなかった。テレビに映るような人だから「申し訳ないな」と腕を取らせたんだ。そうしたら後で藤原さんから「あんなことするんだったら、俺は二度とお前とやらないよ」って怒られたね。
俺が入った当時は藤原さんってカリカリしてて、ちょっとのことで怒鳴り散らかしていた。後で聞いた話では、猪木さんとの試合前(76年)に(ウィリエム)ルスカ(※3)がレスリング協会の福田(富昭)さん(※4)と一緒に道場へ練習に来た。「スパーリング相手いませんか」ってなって藤原さんが「俺やります」と言って、ルスカを極めちゃった、と。
藤原さんは新日本の名誉を守ったけど、ずっと前座扱いで猪木さんの付け人補佐で新幹線もグリーン車じゃなかった。だから一番敵対していた木村健吾さん(※5)がグリーン車に乗るようになったら怒って「あの猿がグリーン車に乗るんだったら、俺はもう新日本辞めます」と、猪木さんに言いに行ったんだよ。すごいでしょ? そうして藤原さんもグリーン車になったんだけどね。
昔の藤原さんは鼻筋も通ってたんだけど、俺が入門する直前に大塚剛(※6)っていうプロ空手選手が道場破りに来た。で、藤原さんが受けて立った時に顔面にバーンともらって鼻が折れたんだよ。「身をていして新日本プロレスを俺は守ってるのに…」っていう思いもあったんだろうね。
当時は猪木さんも(山本)小鉄さん(※7)も「相手にナメられるなよ。相手がナメたことやったらやってしまえ」って言ってたんだよ。だから…俺のプロレス人生は猪木さんの言う通りにやっただけ。俺が一番真面目だったんだよ(笑い)。
※1「関節技の鬼」と呼ばれたプロレスラー
※2「世界の荒鷲」と呼ばれたプロレスラー、柔道家
※3元プロレスラー、ミュンヘン五輪柔道無差別級金メダリスト
※4元レスリング選手、前レスリング協会会長
※5「稲妻戦士」と呼ばれた元プロレスラー、現品川区議
※6空手家、俳優
※7「鬼軍曹」と呼ばれた元プロレスラー
☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)との一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘した。2008年3月からアマチュア格闘技「THE OUTSIDER」を主宰。192センチ、現役当時は115キロ。












