前人未到の宇宙ロケが第一歩を踏み出した。ロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスは5日、宇宙で長編映画を撮影する俳優と監督、宇宙飛行士の計3人を乗せたソユーズロケットを、カザフスタンのバイコヌール基地から打ち上げた。民間人の俳優らによる宇宙での映画撮影は初めて。今から公開の日が待ち遠しい。

 宇宙船は国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングに成功し、俳優と監督ら3人はISSに乗り移った。12日間にわたる撮影に臨む。
 俳優の宇宙飛行といえば、ドラマや映画が人気のSFシリーズ「スター・トレック」で「カーク船長」を演じたウィリアム・シャトナー(90)が、12日に打ち上げ予定の宇宙船に搭乗することが4日に発表されたばかり。こちらは宇宙体験を楽しむ旅だが、ロシアの一行は映画のロケーションを行う。映画の仮題は「挑戦」。宇宙空間で意識を失った飛行士を女性医師が救出する筋書き。ロシア女優ユリア・ペレシルドが主演し、「宇宙飛行士役」は同行する本物の飛行士アントン・シュカプレロフ氏が演じる。

 米俳優トム・クルーズも米航空宇宙局(NASA)の協力を得て、ISSでアクション映画の撮影を計画しているが、先を越された。

 5月に中国の探査機が火星に着陸、7月には米宇宙企業が民間人を乗せた飛行に相次ぎ成功するなど、宇宙利用を巡る各国の競争は激しい。そんな中で旧ソ連時代の1961年にガガーリン飛行士が初の有人宇宙飛行に成功したロシアには、元祖宇宙大国としてのプライドがある。結果として宇宙ロケではハリウッド勢に先んじてISSに乗り込んだ。

 無重力状態の宇宙でどのような撮影が行われるのか、宇宙マニアや映画ファンらは興味津々となるところ。7月に地球から飛び立った米アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏は、宇宙で浮遊した体験を「とても自然のことのように感じた。人類はこの環境で進化したのではないかと思うくらい穏やかで平和だった」と語っている。

 今回、ペレシルドは打ち上げに備えて映画監督クリム・シペンコ氏とともに4か月に及ぶ訓練を受けた。4日の記者会見で「身体的にも精神的にもつらかった」と振り返り、「感情的な俳優の仕事と宇宙飛行士に必要とされることは正反対だ」と感じたことを明かした。

 政府系テレビ「第1チャンネル」やロシアの映画製作会社が協力。撮影はISSのロシア側区画で行われ、ISSを共同利用する他国は関わらない。ISSの船長は星出彰彦飛行士だったが、5日にトマス・ぺスケ飛行士(フランス)への船長交代式が行われた。

 宇宙の映画ではこれまで、「2001年宇宙の旅」(68年、米英)など数多くの名作が生み出されてきた。旧ソ連では異色のSF作品「惑星ソラリス」(72年)がカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。宇宙を実写の「挑戦」は、仮題通りのチャレンジとなる。