ありがとう!三浦春馬さん 本紙がつかんだ〝ラオス支援〟の全容

2020年08月03日 11時00分

病院のオープニングに立ち会った三浦さんはこの笑顔(ラオ・フレンズ小児病院の公式動画共有サイトから)
病院のオープニングに立ち会った三浦さんはこの笑顔(ラオ・フレンズ小児病院の公式動画共有サイトから)

 30歳という若さで先月18日に急逝した人気俳優・三浦春馬さん。俳優仲間を中心に、関わった人々がSNSで発信した追悼コメントからも、その人柄の良さはひしひしと伝わってくる。そんな三浦さんが毎年のように通っていたのが、東南アジアでもとりわけ小さな山岳国ラオス。HIV(エイズウイルス)に感染した子供などのための病院を地道に援助し、癒やしを与え続けてきた。


 心に闇を抱えながら、三浦さんはそんなそぶりを仕事で一切見せず。ファンや視聴者、仕事で関わる人々に癒やしを与え続け、プロに徹した。人気シンガー・ソングライターのJUJUとスタジオ司会を務めたNHK「世界はほしいモノにあふれてる」(木曜午後10時30分)が、そんな生きざまを体現している。

 自死2日前が最後の収録に。三浦さんと楽屋が隣になった元サッカー日本代表の前園真聖氏(本紙評論家)は「スタッフの人たちの声とか談笑している声も聞こえてて…」と出演番組で明かしている。その日撮った収録の1本は先月30日に放送され、残り2本は今月20、27日に放送される。

 そんな三浦さんがずっと支援してきたのが、アジア諸国の子供たちに医療支援を行うNPO法人「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN」が運営する「ラオ・フレンズ小児病院」だ。

 2014年に現地ラオスを初訪問。翌15年2月の病院オープンに合わせ、再びラオスに足を運んだ。病院のオープニングセレモニーに立ち会い、笑顔でテープカット。その後はカメラ片手に、うれしそうな表情で院内を視察した。当時の様子は、病院が配信した動画に収められている。

 翌16年と17年にも、音楽業界によるエイズ啓発運動「Act Against AIDS」のチャリティーイベント「THE VARIETY」を通じ、ラオスを訪れている。そのときも病院をくまなく視察し、生まれながらにHIV感染した赤ちゃんやその家族と面会、優しく励ますなどした。

 毎年12月1日の「世界エイズデー」に合わせ行われるイベントのステージでは、観客へ向け、イベント収益により病院に車両が増強され、山奥のへき地へも診察できるようになったことなどを報告。また病院の拡充、人材育成に協力してほしいと訴え、拍手を浴びた。

 発展が著しい東南アジア諸国の中でも、ラオスはまだまだ経済的に厳しい「世界最貧国」のひとつだ。医療は未発達で、地元富裕層や在住外国人が治療を受ける際は、隣国タイの病院へ行くケースも。国連児童基金(ユニセフ)の一昨年の統計によると、5歳未満の死亡率が人口1000人あたり54人で、1000人あたり3人の日本と比べても、子供が亡くなる確率は非常に高い。

「病院が建てられたのは、山岳地帯で医療機関へのアクセスが困難な、ラオス北部のルアンプラバン近郊。今では先進的な医療設備とスタッフが揃い、地域医療の拠点となっていて、現地ではとても感謝されている」とは、首都ビエンチャン在住の駐在員。

 三浦さんの遺作となってしまった2ndシングル「Night Diver」は、ミュージックビデオがユーチューブでいま爆発的に再生されている。また4月に出版した雑誌連載の書籍化「日本製」も、急逝を受け注目が集まり、このほど重版が決まった。これらの売り上げの一部は、病院へ寄付される。
 こうした動きを受け、前出NPO法人は公式サイトに追悼コメントを掲載。

「その(視察の)時に見た『何ができるのか』『何をすればいいのか』と考えてくださっている真剣な横顔や、村の子供たちへのキラキラとした優しい笑顔は、これまでも、そしてこれからも、ラオスのすべての子供たちが健康になってほしいという私たちの目指すゴールの大きな支えとなっています」などと、三浦さんの人柄を振り返った。

 また三浦さんと同行し村へ行った病院スタッフからは「支援し続けてくださった春馬さんが、もう、私たちと一緒にいないと聞いて、とても悲しいです。この場を借りて、春馬さんがしてくださったことに対して、心から感謝の意を示したいと思います。春馬さんのことは、ずっと私たちの記憶に残り続けるでしょう」というメッセージが届いたという。

 

 

【北ラオスの医療の中心に】ラオ・フレンズ小児病院は2015年のオープン以来、年間約2万人以上の子供を治療。栄養、予防接種、病気予防など育児に関する知識を広める教育センターにもなっている。ラオス北部では唯一、新生児サービスを提供できる病院だ。

 英ロイヤルファミリーの一員で、アンドルー王子とセーラ・ファーガソンさんの長女、ベアトリス・オブ・ヨーク王女も一昨年に訪問。現地の子供たちのためチャリティーハーフマラソンを主催し、当時の模様は現地メディア「ラオティアン・タイムス」でも大きく報じられた。

 ルアンプラバンは街が丸ごと世界遺産に登録されているため、外国人観光客が献血に協力することも。なお、病院を運営する「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN」は、日本人カメラマン井津建郎氏が1995年に設立した国際NPO。ラオスのほかカンボジアにも小児病院を開設している。

 遺作曲「Night Diver」の売り上げの一部が病院へ寄付されるというニュースは、英訳されシンガポールでも配信された。三浦さんの急逝はアジア中で惜しまれている。

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