【この人の哲学】テツandトモの出会いと芸能界への思い

2020年06月01日 09時00分

同業者からも実力を認められているテツ(左)とトモ(取材・撮影=3月)

【この人の哲学:テツandトモ(1)】結成22年。M―1グランプリ決勝に進出するなどブレークしてから18年。昨今は“営業最強芸人”としても知られるテツandトモが登場だ。結成までの経緯は? 鉄板ネタ「なんでだろう~」はどうやって生まれた? 大ブレーク当時の思い出。その後、営業で大人気になった理由。さらにあの立川談志さんとの秘話も語っていきます。

 ――まずはお2人が出会うまでを教えてください

 テツ:僕は小さいころから歌手になりたかったんです。憧れたのは五木ひろしさん。親父が大好きで、車に乗ると必ず五木さんの曲がかかりました。「よこはま、たそがれ~」って、実家、滋賀なんですけどね(笑い)。小学校6年生の時、テレビののど自慢番組に出演して、五木さんの「契り」を歌いましてね。その番組には水森かおりさんも出演されてました。

 ――自ら応募したんですか

 テツ:応募したのは親です。これがきっかけで、お客さまの前で歌って喜んでもらえる幸せに目覚め、いつか歌手になりたいと思うようになったんです。憧れの五木さんは公演では歌だけでなくお芝居もされますから、芝居も勉強した方がいいと、日大芸術学部演劇学科に進学したんです。

 トモ:僕は西田敏行さんに憧れて役者になりたいと思ったんですよ。最初にハマったのは「西遊記」(1978年)。大好きでした。三蔵法師役の夏目雅子さんはきれいだし。

 テツ:伝説のドラマですね。

 トモ:それから「池中玄太80キロ」(80年)や「おんな太閤記」(81年)…と挙げていったらキリがないですが、西田さんは二枚目から三枚目までいろんな役をこなされますよね。西田さんの演技が面白くて、ビデオにとって何度も見てました。

 ――実際に初めて芝居をしたのは

 トモ:小学校4年か5年の時の、6年生を送る会です。こういうのいいなというのが芽生えたんですが、その時はまだプロ野球選手になりたいと思ってました。しかし中学に入ると現実を知るわけですよ。実力のなさを肌で感じて。じゃあ将来どうする?と考えた時に、お芝居がまた浮上してきたんです。日大山形高校に進む時には、ここに入ったら日大の芸術学部に進めるという気持ちもありました。

 ――そして2人は同じ年に日芸の演劇学科に進学し、出会うわけですね

 テツ:同じ演技コースで同じクラスでした。

 トモ:テツのことは入学早々から印象に残りました。というのは僕ら演技コースは初めの自己紹介の時、ひとりずつ前に行って何か一芸をしなきゃいけないんですね。そこでテツは一人だけ演歌を歌ったんです。僕は演歌が好きだから、「なんだ、この人!」って。

 ――トモさんは何を

 トモ:「俺ら東京さ行ぐだ」を歌いました(笑い)。ただ、すぐ仲良くなったわけじゃないんですよ。僕は騒いだり仕切りたがるタイプだったんですが、テツは端っこの方にいて、酒も飲まずいちごミルク飲みながら手拍子をしているタイプで。

 テツ:高校では応援団長やったり、それなりにやってきたつもりだったんですよ。でも日芸に入ってビックリしました。みんなスゴイんだもの(笑い)。これは勝ち目ないなと静かにしてました(笑い)。

※次週に続く(取材は3月に行った)

★プロフィル=テツアンドトモ 中本哲也(テツ)、1970年5月9日生まれ、滋賀県出身。石澤智幸(トモ)、70年5月10日生まれ、山形県出身。98年2月にコンビ結成。2001年国立演芸場花形演芸大賞銀賞受賞。翌年、金賞獲得。「なんでだろう~」は03年新語・流行語大賞「年間大賞」受賞。親子のユーモアコミュニケーション絵本「なんでだろう」(1000円+税、世界文化社)とCDアルバム「テツandトモの元気になれるのなんでだろう?」(1818円+税)が発売中。