【この人の哲学】思ってもみなかった「お笑い」の誘いを断った!

2020年06月21日 10時00分

予想外の誘いに2人は仰天!

【この人の哲学:テツandトモ(5)】結成22年。M―1グランプリ決勝に進出するなどブレークから18年。昨今は“営業最強芸人”としても知られるテツandトモ。コンビを組み歌のオーディションを受けるも、くすぶり続けた2人に、ついに事務所から声が。その時2人が考えたこと、そして下した決断とは?

 ――コンビを組んでもどん底状態。そんな時にテレビ業界に勤める同級生から「2人に自分の結婚披露宴の余興で歌ってほしい」と声をかけられ、断ろうとしたと

 トモ:もちろん、お祝いしたい気持ちはありました。しかし当時のわたしたちは、ご祝儀の相場、ひとり3万円はとても包めなかったんです。

 テツ:でも、来賓の中に業界の人がいるかもしれないし、もしかしたらチャンスがあるかもしれない。

 トモ:2人で話し合って、ひとり3万円は無理だから、2人の連名で3万円を包んで披露宴に出たんです。同級生は日テレ関係の会社にいるので、「24時間テレビ」で必ず歌われる「サライ」に2人の名前を織り込み「新郎〇〇さん 新婦〇〇さん いついつまでもお幸せに 今日はおめでとう」と2人でハモりまして。拍手をいただいて無事に披露宴は終わり…。

 テツ:そしたら後日、会場にいらした今の事務所、ニチエンプロダクションの方が…。

 トモ:「ちょっと話がしたいんだけど」

 テツ:ほら、来た! 歌手だ! ついに歌手デビューだ!

 トモ:来た来た! 本当に声をかけてもらえた!

 ――え!? 歌手としてスカウト!?

 トモ:普段着ないスーツを着て、ネクタイを締め、事務所にあいさつに行きました。そしたらご年配の方が…。

 テツ:「お笑いやってみない?」

 トモ:あれ? 歌じゃないんですか!?(笑い)。

 ――お笑いブームの時ですか

 トモ:違うんですよ。声かけてくださったの1997年の秋だから、ボキャブラブームが終わりかけ、氷河期に入る手前ぐらいです。じゃあなぜかというと、浅井企画さんから大御所のマネジャーさんが入られて、お笑いをやる若手を探していたんですね。

 テツ:教える相手がいなかったから。

 トモ:要するに、男2人なら誰でも良かったんです(笑い)。

 テツ:後々、聞いたらそうでした(笑い)。その時はわからなかったけど。

 トモ:ところが、お笑いと言われても、わたしは吉本で一回やめてますし。

 テツ:僕は全く頭になかった。役者や歌手で声をかけられたならまだわかります。え!? お笑い? なんで?でしたよ。

 トモ:イチゴミルク飲んで拍手してた人ですよ。学生時代、テツの面白いところ一回も見たことない!

 テツ:おい! 面白いわ! それなりに。

 ――テツさんは関西出身だから、お笑いにはなじみがあったのでは

 テツ:それはもう、毎週土曜日、学校から帰ってきて「よしもと新喜劇」は必ず見てましたし、松竹新喜劇の藤山寛美さんも好きでした。見るのは好きだったけど、自分がやるというのは全く頭になかったんです。なぜお笑いなのか。それは無理だよと。

 トモ:だから「ありがたい話ですが、2人でお笑いはやったことないんです」とお断りしたんです。

 ――断ったんですか!? やっと訪れたチャンスを!

 トモ:はい、自分たちから。

 テツ:僕はあり得ないと思ってましたから。

 トモ:テツは考えてもいなかったでしょ。

 テツ:全く考えてもいない。

 トモ:わたしは一回あきらめたお笑いにまた戻る気はありませんでした。それにこの事務所には芸人の先輩がいないわけです。自分たちが今からお笑いの“開拓者”としてやっていくのは無理だと思って断りました。

 ――もったいない…

 トモ:そしたら後日、電話がかかってきたんです。(次週に続く)

☆テツアンドトモ=中本哲也(テツ)、1970年5月9日生まれ、滋賀県出身。石澤智幸(トモ)、70年5月10日生まれ、山形県出身。98年2月にコンビ結成。2001年国立演芸場花形演芸大賞銀賞受賞。翌年、金賞獲得。「なんでだろう~」は03年新語・流行語大賞「年間大賞」受賞。親子のユーモアコミュニケーション絵本「なんでだろう」(1000円+税、世界文化社)とCDアルバム「テツandトモの元気になれるのなんでだろう?」(1818円+税)が発売中。