【この人の哲学】テツandトモ“運命の糸”は細かった

2020年06月06日 09時00分

出会ってすぐに意気投合したのかと思いきや…

【この人の哲学:テツandトモ(2)】結成22年。M―1グランプリ決勝に進出するなどブレークから18年。昨今は“営業最強芸人”としても知られるテツandトモがこれまでを振り返りつつ、自らの哲学を語る。同じ大学の同じクラスに入った2人。しかし大学時代はコンビを組むなんて全く思ってなかったという。

 ――大学で出会ったころ、トモさんはクラスの中心的な存在で仕切り屋、テツさんは端っこで静かにしているタイプだったと

 トモ:わたしは騒ぐ側。テツは黙って見てる側。グループが違ったんですね。

 テツ:トモのことは“運営側の人”と思ってました。

 トモ:サークルも違ったんです。わたしは「BAKUの会(Dance Company BAKU)」で踊り。テツはミュージカル研究会。

 ――同じクラスになったのに、コンビ結成の気配すらなかったんですね。学生時代はどのようなことを

 トモ:わたしはとにかく芝居が見たくて、上京してから毎週のように芝居を見に行き、横内謙介さんの劇団「善人会議」を見て感動しちゃったんですね。それで本格的に役者になりたいと志すようになったんです。大学2年生の時に渡辺えりさんの「劇団3〇〇」のオーディションを受け、出演させていただきました。その時、宇梶剛士さんも出演されていて、その後、宇梶さんの劇団にも出させてもらうようになったんです。

 テツ:トモと違って僕は歌手になりたくて東京に出てきて、大学で演劇を学んでいるうちにお芝居が楽しくなっていったんです。在学中の1991年、日芸のひとつ上の先輩、奥村直義さんが劇団「BQMAP」を立ち上げた時に声をかけられて劇団活動に入っていき、卒業してからも舞台に出て、ひょっとしたら自分はこの道で行くのかもしれないなと思った時期もありました。

 ――学生時代、同じように演劇に熱中していたのに、やはりコンビ結成につながるような気配がない…

 トモ:学生時代はそんなに仲良くなかったんですよ。ただ、ひとつだけ共通点がありました。それは歌が好きなこと。英語の授業で英語曲を歌う課題があって、2人で「ウィ・アー・ザ・ワールド」を歌ったんです。そのためにお互いの家に行ったり、カラオケ店に行って練習したんですよ。

 テツ:クラスの人たちとカラオケに行くと、「2人で歌って」と言われたり。

 トモ:なぜかクラスみんな、何十人とかでよくカラオケに行ったんですね。学校の近くのお店に。で、「テツと何か歌ってよ」ってリクエストが入って、一緒に歌うのが“お約束”に。だから2人で練習するようになったんです。「あずさ2号」や「夏の終りのハーモニー」とか。

 ――やっとコンビ結成につながりそうな話が出てきました!

 テツ:全く違う活動をしていたけど、歌でつながってはいましたね。

 トモ:むしろ、接点は歌だけですね。活動していた劇団も違うし。

 ――ン? その運命の糸は細かったんですか

 トモ:細かったですね~。みんなが喜んでくれるから歌っていただけで、テツと歌っていたのはあくまでお遊びです。当時はお芝居のことしか考えてなかったですから。ただ、わたしは大学を卒業する前に、お笑いのパフォーマンスでテレビに出てたことがあったんです。「三宅裕司の天下御免ね!」(TBS、91年10月~92年9月)という番組に、高校時代の友人と「モンチョビ2」というコンビで。

 ――テツさん以外とお笑いをやってたんですか!?

 テツ:僕は家のテレビで見てました(笑い)。「トモはお笑いに進むのか~」と思ってました。(続く)

★プロフィル=テツアンドトモ 中本哲也(テツ)、1970年5月9日生まれ、滋賀県出身。石澤智幸(トモ)、70年5月10日生まれ、山形県出身。98年2月にコンビ結成。2001年国立演芸場花形演芸大賞銀賞受賞。翌年、金賞獲得。「なんでだろう~」は03年新語・流行語大賞「年間大賞」受賞。親子のユーモアコミュニケーション絵本「なんでだろう」(1000円+税、世界文化社)とCDアルバム「テツandトモの元気になれるのなんでだろう?」(1818円+税)が発売中。