半世紀前の〝悪夢〟は繰り返さなかった。阪神は1日の巨人戦(甲子園)で延長12回、5時間5分の死闘の末に2―2で引き分け、優勝マジックを「2」に減らした。勝てばもちろん大きかった。だが、負ければ巨人に火を残す一戦でもあった。今季最後の直接対決で最後まで白星こそつかめなかったものの、宿敵に勝ち点を渡さなかった意味は決して小さくない。

 阪神と巨人が優勝を争った1973年。阪神は残り2試合で優勝マジック「1」とし、10月20日の中日戦に勝つか引き分ければ巨人のV9阻止が決まるところまで迫った。だが敗れ、22日の巨人との最終決戦(甲子園)にも敗れてV逸。試合後には虎党がグラウンドへ乱入する騒動にまで発展した。

9回、阪神は大山悠輔の適時打で同点に追いついた
9回、阪神は大山悠輔の適時打で同点に追いついた

 当時を知るOBは今も忘れない。「誰もワシらが優勝するもんやと信じて疑わんかった。名古屋の宿舎の大広間には祝勝会のために用意されたビールケースがドーンと積まれとってな。それが試合に負けて戻ったら、きれいになーんにもない。あのむなしい気持ち。そんな思いを今の現役の選手たちにさせたくないわなあ」

 優勝を目前にしたチームにとって怖いのは、一つの敗戦から流れを相手へ渡してしまうことだ。その記憶がよぎる大一番でチームを救ったのが大山悠輔内野手(31)だった。1点を追う6回、2番手・西舘から20号同点ソロ。再び1点を追った9回二死二、三塁では守護神・マルティネスから中前適時打を放ち、土壇場で試合を振り出しに戻した。5番の勝負強さが、虎を土俵際で踏みとどまらせた。

 あのV逸以来、「阪神1位、巨人2位」で終わった順位表は一度もない。長年の悔しさを知るOBや虎党にとっても、宿敵を振り切って頂点に立つ意味は格別だろう。53年前に届かなかった景色が、今度こそ見えてきた。

「グラウンド上で最後まで戦い抜いてくれたことを誇りに思う」とは、試合後の藤川球児監督(46)の弁だ。勝ちに等しいドローで刻んだ「M2」。球団初のリーグ連覇は、もう目の前だ。