指先の魔術、ここに極まれり――。福岡・門司港の路地裏で47年目を迎える「寿司処 江戸政」には、米1粒にネタをのせる“超ミニすし”を生み出す名物大将・井上和馬さん(78)がいる。“ひと粒サイズ”なのに、驚くほどちゃんとすしの味がする。包丁1本で切り出す精巧なバランアート作品まで手がける指先の器用さは並ではない。妻の輪子さん、長男で2代目の輪一さん(55)、その妻・愛弓さん(43)と、家族4人で地域の味を守り続けている。
カウンター越しに、にこやかに迎えてくれた大将の井上和馬さんの指先は、78歳とは思えないほどしなやかだ。握りずしを仕上げた直後、米粒をつまみ上げ、その上にごく薄くそいだネタをのせる。米1粒の“超ミニすし”が、まるで手品のように完成する。この瞬発力と繊細さこそ、井上さんの「指先の魔術」である。
誕生のきっかけは、子供連れの常連客だった。食べ終えて退屈そうにしていた子供に「最後まで楽しんでほしい」と小さなすしを握ってみせたところ大喜び。最初は5粒ほどのシャリだったが、「もっと驚かせたい」と少しずつ小さくし、ついには“米1粒”に行き着いた。
超ミニすしはメニューには載らない。子供や女性の客がカウンターで目を輝かせている場面にだけ、大将が自然に差し出す特別な“遊び心の一皿”だ。
マグロ、イカ、イクラ、フグなどを米粒にのせた極小のすしは、一瞬で見失いそうなサイズながら、口に運ぶとしっかりと「すしの味」がする。
この極小世界を支えるのも指先の感覚だ。大将は超ミニすしについて「ハサミが一番使いにくい」と話す。集中が切れれば成立しない世界だが、親子2代でその技を受け継ぎ、客を楽しませている。
江戸政の「指先の芸」は、すしだけではない。店内には、弁当などに使われるビニール製のバランを包丁1本で切り出した細密なバランアートが額装されている。線や曲線はすべて途切れずにつながり、一筆書きのような精巧さを見せる。
さらにこの日は、本物の葉を包丁でさっと切り出し、目の前で「かぶとの葉ランアート」を作ってみせた。即興とは思えぬ完成度に、職人としての遊び心と美意識がにじむ。
店を支えているのは家族の存在だ。愛弓さんは、米について「年配のお客さまが多いので、少し軟らかめにしています」と話し、すしネタや野菜はできる限り地産地消を意識。魚は種類によって仕入れ先を3か所使い分け、関門海峡の地魚も扱う。
カウンター内外を軽やかに動く輪子さんの存在も欠かせない。井上さんは「ここまで続けてこられたのは、輪子さんがずっと支えてくれたおかげ」と感謝する。
米粒ほどのすしや、緑のバランで描かれた小さな世界に見入っているうちに、気付けば心もおなかも満たされている。門司港の路地裏で続いてきた小さなすし店の「指先の魔術」は、これからも家族とともに受け継がれていく。
















