島根・松江が“セツブーム”に沸いている――。明治の文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその夫人・小泉セツの足跡を伝える「小泉八雲記念館」(島根県松江市)に、全国から見学者が押し寄せている。NHK連続テレビ小説「ばけばけ」(主演・高石あかり)の放送が引き金となり、夫を支えた“語り部”としてのセツに再び光が当たっているのだ。館内ではいま、夫婦の絆と文学の源泉をひもとく展示が来館者の心をつかんでいる。

八雲も愛した小泉八雲旧居の庭
八雲も愛した小泉八雲旧居の庭

 松江城や武家屋敷が立ち並ぶ塩見縄手の一角に建つ「小泉八雲記念館」。その展示理念には「その眼が見たもの」「その耳が聞いたもの」「その心に響いたもの」という一文が掲げられている。2016年のリニューアル時に生まれたこの言葉には「八雲の生涯を通じて培われた“オープンマインド”を感じ取ってほしい」という思いが込められている。

 同館の学芸企画ディレクターで、館長・小泉凡氏(64=八雲のひ孫)の夫人でもある小泉祥子さん(65)は「八雲は旅人として多くの国を巡り、異なる文化や人々に心を開いてきた人。展示も彼が“見て・聞いて・感じた”世界を体感できるように構成しています」と説明する。

学芸企画ディレクターの小泉祥子さん
学芸企画ディレクターの小泉祥子さん

 館内に入ると、再現されたスーツや帽子、ボストンバッグ、トランクが来館者を迎える。ギリシャから日本へ――地球の3分の2を旅して松江にたどり着いた“旅人ハーン”の人生を象徴する展示だ。床面には足跡のように航路が描かれ、たどるうちに彼の文学の軌跡が浮かび上がる。

 第2展示室では、八雲が見つめた日本の自然観や宗教観など「8つのキーワード」で紹介。初版本や直筆原稿も並び、作品に込められた“共感の力”を伝えている。全ての解説には英語訳も併記され、海外からの来館者にも人気だ。

展示室には貴重な資料が並べられている
展示室には貴重な資料が並べられている

 八雲が松江で過ごしたのは約1年3か月。それでも代表作「知られぬ日本の面影」の3分の2はこの地で書かれた。祥子さんは「松江を“神々の国の首都”と呼んで書きました。外国人の目を通して松江の魅力が世界に広まったのです」と話す。

 いま注目を集めているのが、企画展「小泉セツ―ラフカディオ・ハーンの妻として生きて」。「怪談」出版120年を記念して開かれたもので、セツの語りが多くの物語の源になったことを紹介している。夫の創作を支えたセツの存在は、“もう一人の文豪”として再評価されている。

 八雲の旧蔵書は2400冊以上に及び、この内セツが集めた和装本364冊を含む多くの資料が、現在は富山大学付属図書館ヘルン文庫に保管されている。祥子さんは「セツがいなければ、あの文学は生まれなかったと思います」と語る。

 一方で、「ばけばけ」でセツを演じる高石あかりは、役作りのために記念館を訪れ、展示や当時の暮らしを丁寧に見学した。放送開始後、館内は連日満員で「セツさんってどんな人だったの?」という声が絶えないという。

 祥子さんは「ドラマを通して若い世代にも関心を持ってもらえるのがうれしいです。八雲の文章には、時代を超えて“他者への共感”という普遍のメッセージがある。人や自然、見えない存在にまで心を寄せる姿勢を、今に感じ取ってほしい」と語った。

 松江の町並みは、夫妻が暮らした当時の面影を色濃く残す。文学とドラマが響き合うこの秋、“セツブーム”はますます熱を帯びていきそうだ。

「ばけばけ」で小泉セツを演じる高石あかり
「ばけばけ」で小泉セツを演じる高石あかり