“女芸人マニア”として知られているお笑いコンビ「馬鹿よ貴方は」の新道竜巳が、これから“馬鹿売れ”しそうな女芸人を紹介するこの連載。今回はデビューしてすぐに“馬鹿売れ”し、それから15年以上、一度も落ち目になることなく売れ続けている女ピン芸人を分析してみた――。
 
 渡辺直美さんは一度も芸能界から消えたことがないお笑い芸人ではないでしょうか。早く売れた芸人は、落ちていくのも早い傾向があります。原因は経験値の少なさと思い上がりだと思います。

 売れたのは本当に早かった。NSCを卒業した2007年にデビューし、翌08年1月2日放送の「新春大売り出し!さんまのまんま」(フジテレビ系)でビヨンセのモノマネを披露し、圧倒的な存在感とインパクトを残しました。

 するとその年の3月、いきなり「笑っていいとも!」のレギュラーに抜擢された。「さんまのまんま」のインパクトがあまりにも大きく、2か月後に「いいとも」のレギュラー。ポジションは「いいとも青年隊14代目」のいいとも少女隊でした。

 この時の役割はタモリさんに「これ貼っといて」と言われ、ゲストが持ってきた宣伝のポスターを後ろの壁に貼るというもの。裏方のような役割でもあるので、この時点では「すごく売れている」という感じではなかったのですが、これが幸いしたのだと思います。

 一気に売れるとすぐに消えるというのが一発屋芸人ですが、渡辺直美さんは一気にドカッと売れたという印象はない。それが経験値を増やすいい機会にもなったと思います。「いいとも」は常に一流の芸能人が出演しているとはいえ、月~金曜の帯番組なので他の番組に比べて放送が圧倒的に多い。ここで礼儀や立ち回り、アピールの仕方、身の丈などを学んだのだと思います。

 常に先輩の売れっ子がいる現場なので、偉そうな態度は絶対にできない。すぐ売れた芸人が落ちていく要因である「思い上がり」などは一切ない環境だったのでしょう。

 また芸人には努力できるタイプとできないタイプに分かれます。さらに努力できるタイプの中でも、自分に合った努力をできるタイプと、自分に合ってない努力をするタイプがいる。自分に合った努力をできることも才能だと思います。

 もしそういう才能がないタイプだったら、すぐに「いいとも」のレギュラーになっても周りの同期などに偉そうにしてしまい、足をすくわれて終わっていた可能性もある。ただ渡辺直美さんはそんなことは一切なく、その環境を味方にして努力をし続けた。本当にすごい芸人です。

 うまくいってない人の多くは環境のせいにしがちです。うまくいかなかった原因を他人のせいにしがちですが、うまくいく人は環境を味方にする。その違いが売れ続けるか落ちていくのかの境目になるのでしょう。

 渡辺直美さんがさらに評価を上げた大きな分岐点は、お正月に毎年放送されていたTBSの「史上空前!!笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ」だと思います。この番組は普段は組んでいないパートナーとネタをやるというコンセプト。ここではそれまでのビヨンセのモノマネとは全く違うベタなボケの笑いで会場を全員巻き込み、2年連続で優勝するという快挙を成し遂げました。

 優勝した時のパートナーは、12年がTKOの木本武宏さん、13年は小籔千豊さんでした。特に小籔さんの鋭いツッコミが炸裂したことで、渡辺直美さんの面白さがさらに世間に広がったと思います。ビヨンセのネタはモノマネをやり切る形でしたが、ドリームマッチではしっかりとボケて笑いを取り、ドシドシ会場に爆笑を起こし、ものすごくインパクトがありました。

 ドリームマッチでは20年にもハライチの岩井勇気さんと組んで出場。岩井さんがSNSでバズるように作った「醤油の魔人と塩の魔人」というネタが実際に話題になりました。

 世間一般で渡辺直美さんといえば、ユーチューブの登録者数やインスタ、Xのフォロワーなど、SNSでのバズリ方がよく知られていると思いますが、ここにたどり着くまでにはさまざまな分岐点があった。とにかく一度も落ち目になることなく売れ続けていることがすごいことなのは間違いありません。

 ☆しんどう・たつみ 1977年4月15日生まれ、千葉県出身、本名・濱島英治郎。平井“ファラオ”光と組む「馬鹿よ貴方は」として「THE MANZAI」「M―1グランプリ」で決勝進出を果たした実力派。緻密なネタ作りに定評がある一方、女芸人ナンバーワン決定戦「THE W」では、予選会場に足しげく通い、ほとんどの出場者のネタを見るほどの“女芸人マニア”。