俳優の杉本哲太(60)が22日、生バラエティー番組「ぽかぽか」(フジテレビ系)にゲスト出演。ツッパリ4人組「紅麗威甦(グリース)」でデビューした16歳当時、同世代で同期のジャニーズ3人組「シブがき隊」と繰り広げた〝抗争〟を詳細告白した。

 紅麗威甦は「横浜銀蝿の弟分」として注目を集めたが、1982年当時、男性グループはシブがき隊らジャニーズの一人勝ち状態。横浜銀蝿の嵐(らん)さん(故人)からは「ジャニーズ見たらガン飛ばしとけ」と言われていたという。

 ラジオの公開番組でも、1つしかない楽屋に入るなり、先に部屋にいたシブがき隊にガンを飛ばした。「本木(雅弘)さんはね、相手にしてない感じで、なんかもう知らん顔。フックン(布川敏和)はちょっと困った顔だと思いながらもフンっていう…」。ニラみ返してきたのは薬丸裕英だけだったという。

 ぽかぽかの電話取材で当時を振り返った布川いわく、東京へ仕事に行く満員電車内で杉本と遭遇。ガンを飛ばされ、足を2~3度踏まれ、電車を降りると杉本から「線路に下りて土下座しろ」。布川が「そんなんできないよ」と拒み口ゲンカになるも、杉本は「お前、覚えてろよ」と捨てゼリフを吐き行ってしまったという。

 またシブがき隊がいた楽屋に、杉本ともう1人の〝銀蠅弟分〟嶋大輔が「おいシブがき、この野郎!」と乗り込んできたことも。一緒にいたスタッフやマネジャーが止めに入り、ケンカにならず済んだそうだ。

 その話がレコード会社にもいき、布川によるとその後、シブがき隊のレコーディング現場に「謝罪の特上寿司が10人前ぐらい来た」という。「おいしかったよ~。それで『スシ食いねェ!』(86年のヒット曲)ができたっていうね。僕が19(歳)ぐらいの時に作った歌なんだけど、それで寿司の歌」と布川は明かした。
 この布川の話を聞き、杉本は「真実もありますけど、多々盛られてる所もある」と指摘。JR東海道線の川崎から品川までの10分間、車内で乗り合わせメンチを切ったのは事実だが、足を踏んだのは「俺その記憶ない」という。当時よく履いていた尖った靴の先が「当たっちゃったのかも…」と言い訳したが、結局は杉本、「足を踏みました」と謝罪。また、ホームで「土下座しろ」は言ったが、「線路で」は言ってないと主張した。

 杉本は、楽屋に乗り込んだ話も「僕の記憶の中では、ヤックン(薬丸)は『嶋が来た』って話をしてるんですけど、布川さんは俺と(嶋)大輔が来たって言ってるんで、ちょっとその辺はどうなのかなって…」と懐疑的だ。

 さらに「スシ食いねェ!」のエピソードも「シブがき隊の方々やってた(歌ってた)の20歳ぐらいですから、その(謝罪寿司騒動があった)16(歳)の時から4年もですよ。だから4年間そんなにもう…ねえ、(曲の)アイデアをだから、もう練りに練ってねぇ…」。杉本は、時系列的におかしいのではと指摘した。

 杉本は15年ほど経った30歳過ぎの時、ドラマ共演した薬丸に直接「その節はすいませんでした」と謝罪。「本木さんはなんか何となく、ウヤムヤになんか『どうも…』みたいな感じで…」と明かした。