1980年代にアイドルグループ「麻生真美子&キャプテン」で芸能界デビューし、「麻生真宮子」名で女優活動後、一般社団法人「Japan Culture&Health Association(JCA)」の代表理事を務めている田島みわ氏が24年ぶりに女優復帰する。舞台「ブルーストッキングレディース」(4月4、5日、東京・内幸町ホール)で平塚らいてうを演じるのだ。
――久々に女優復帰する
田島 私が代表理事のJCAが事業10周年で、記念イベントを開催しようとなって、25年前くらいに主演した「ブルー――」のお芝居をもう一度やろうとなった。
――女優活動は2000年に出演したのが最後
田島 女優業を引退したわけではなかったが、芸能界を休んで、イタリアに3年半ほど行ったんです。帰国してからは事業を始め、政治の世界にも行ってました。JCAを立ち上げてからは女性の社会的地位向上や国際文化交流事業、統合医療の三本柱で取り組んで、昨年はベトナムやカンボジア、今年はトルコで交流会を行っています。
――平塚らいてうは女性解放運動の先駆者
田島 女性の活躍、きちんと歩いていく社会、争いのない社会づくりを発信されていた方。以前、演じた時は女性の輝く社会づくりを訴えていたわけでもなく、ただ女優として演じただけでしたが、この二十数年間の人生経験で「生きるとは行動することである、ただ呼吸することではない」みたいなセリフが本当に身につまされる。平塚らいてうに対する思いがすごい深くなった。
――今の活動とリンクする
田島「元始、女性は太陽だった」との有名なフレーズもすごい私に響く。みんなに「平塚らいてうやります」と言った時にはぴったりだねと声を掛けられた。
――役者のブランクは
田島 今回は歌も踊りもある。昔、アイドル活動時はメインボーカルで、歌って、踊っては当たり前だったが、これだけブランクがあると多少不安だったんです。けれども、毎日お稽古をしながら、だんだん勘を取り戻している。ビフォーアフターというわけではなく、まだちゃんと踊っているよね、と思っていただけるようにいい意味でプレッシャーを感じている毎日です。
――昨年は「ミセスユニバース世界大会」でトップ25に入賞した
田島 自らがサンプルにならなくてはいけないということで、海外に出て、タイトルが取れた。「ミセス――」に向けた1年間は本当につらくて、またチャレンジできるんですが、ちょっと大変。
――美と健康の秘訣は
田島 食生活にはすごい気を使っていて、食べなさ過ぎるのも良くないんです。アイドルや女優時代に間違ったダイエットで体調を壊したことがあった。1日にきちんといいもの、特にタンパク質を取ることを心がけています。あとはけっこう歩きますね。1日、2万~3万歩も歩いても苦にならない。選挙の時はスタッフが音を上げて、振り返ったら誰もいなかったなんて時もありました。
――今回の復帰を契機に本格的に女優業再開は
田島 この間も女優業のお誘いはあったんですが、なにか自分から進んでやろうという気持ちはなかった。ただ人生振り返ってみると、いろんなご縁があって、つながっている。昨年カンボジアで行った国際文化交流祭がご縁で、12月にプノンペンで、国際貢献をテーマにした美の祭典を開催します。今回の「ブルー――」がきっかけで、ほかにつながっていけばいいなとは思っています。自分の可能性はクローズにしない方がいいかなと。












