落語が好きで東京へ出張した際などには、無理やりにでも時間をつくって都内の寄席に足を運ぶようにしている。26日に急逝が報じられた紙切り芸の第一人者・林家正楽さんは、まさに寄席の宝とでも言うべき存在だった。

 定番の「見返り美人」「相合傘」「藤娘」「線香花火」などのほかにも、「二刀流」、「双子のパンダ」、「バンクシー」など様々な注文が寄席の客席からは飛ぶ。「さすがにバンクシーは難しいだろ…」と客席がざわつく中、宙を舞う風船に手を伸ばそうとする少女をあっという間に切り抜いた正楽師。洗練された至芸を長年楽しむことができた我々演芸ファンは本当に幸せだった。

「マイルス・デイビス!」

 数年前の浅草演芸ホール。私も無茶で無粋な注文を正楽師にしたことがある。「はいはい…。マイルス・デイビスですね。ご存じのないお客様、モダンジャズのトランペット吹きです」。いつも通りに体を揺らしながら飄々とハサミを運ぶ。出来栄えに納得がいかなかったのか「前座さん、新しい紙もう一枚持ってきて」と師にしては珍しく、やり直してくださった上で完成。精巧な作品に目を奪われた。

林家正楽さんが切り抜いたマイルス・デイビス
林家正楽さんが切り抜いたマイルス・デイビス

 細身のスーツを身にまとい、前傾姿勢で地面に鋭い音を叩きつける。ジャズが好きな方ならご理解頂けると思うが、1950~60年代の全盛期のマイルスそのものだ。家に持ち帰ってから気づいたが、彼のトレードマークであるサングラスまでしっかりと切り抜かれている。細やかで幅の広い芸にはただただ感嘆するしかなかった。

 正楽師の次に高座に上がったのは、大のジャズファンとしても有名な落語協会副会長・林家正蔵。「いや~。出ましたね~。正楽さんにマイルスの注文。楽屋もざわついてました。嫌なお客だねえ」。少しうれしそうな正蔵師から〝客イジリ〟を受けたことも含めていい思い出だ。寄席はいつでも豊かで温かい。私にとってその象徴が正楽師匠だった。

 それから数か月後、池袋演芸場の喫煙所で正楽師本人とご一緒することができた。

「師匠、おくつろぎのところ申し訳ありません。以前浅草でマイルスを切って頂きました。本当にありがとうございました」

「あ~君ねえ。覚えているよ。ジャズは僕も好きなんだ。ずいぶん前にキャノンボール・アダレイ(アルトサックス奏者)を切ったことがあったけど、注文してくれたのはデビュー前の平原綾香さんだったと思うよ。ジャズ関連はそれ以来だったからさ」

「次はぜひセロニアス・モンク(ジャズピアニスト)をお願いします」

「ピアノは切り抜くのが面倒だねえ(笑い)。勘弁してよ」。

 結局2枚目の注文は果たせぬまま、正楽師は天国へ旅立たれた。温かいお人柄とあれだけの名人芸がこの世から消えてしまったことが今はただただ悲しい。

 あの世にも寄席があればいいのになと心から思う。圓朝、文楽、志ん生、圓生、馬生、志ん朝ら歴代の大名人の間に挟まって、チョキチョキとハサミを運ぶ正楽師にいつかもう一度お会いしたい。その時はポチ袋に祝儀をたっぷり入れて注文の声をかけよう。正楽師匠、素晴らしい芸を本当にありがとうございました。(阪神タイガース担当 雨宮弘昌)