ボートレース蒲郡のSG「第70回ボートレースダービー」が24日、熱戦の火ぶたを切る。ボートレース界で最も格式高いレースの開幕直前、1年10か月ぶりのSG復帰戦となる艇界のスーパースター峰竜太(38=佐賀)、ボートレースファン歴45年で競馬評論家の元天才ジョッキー田原成貴氏(64)のスペシャル対談が実現。共に「感性」を大事にする2人の天才は見事な〝化学反応〟を起こし、会った瞬間に心が通じ合った――。
田原 初めまして、田原成貴です。
峰 よろしくお願いします。先輩に田原さんってどんな人ですか?と聞いたら「天才」だと。
田原 とんでもないです(笑い)。峰さんこそ天才ですよ。僕は峰さんのレースを見ていて「究極の1点」を感じます。無駄がないし、興奮させてくれるんです。
峰 ああ、すごく分かります。本当にそれを意識していて、僕は「ボートが何を求めているか」を体で感じる。それに尽きますね。自分がこうしたいではなく、ボートがこうしてほしいっていう通りに乗るのが一番いいんです。
田原 うわー、すごいことを聞いたなぁ。僕がモットーとしているのは馬がどうしてほしいのかを感じること。マシンに乗っている峰さんがそういう感覚で乗っているとは…。今、すごく新鮮というか、衝撃的。まさかって思いました。
峰 あとゾーンに入ってる時は何も考えずにいきます。いったんイメトレして全部を捨てる。知恵がつくと頭でっかちになって邪魔をするんです。
田原 準備はあくまで予測。現実に目の前で起きていることと予測がぴったり合ったとしても、頭から引っ張り出している時点で動作が遅れる。だから「考えるよりも感じろ」ですね。
峰 もうひとつ心掛けているのは、僕らはエンターテインメントとして魅せなければいけないってこと。僕は最も1着に近いものじゃなく、最も面白いものを選ぶようにしてるんですよ。
田原 いいですねえ。
峰 一瞬、迷うんですよ。でも、そこで無難にいくと自分のレーサー人生を否定している感じがする。ダメでもいいからそっちへいく。そうするとワーッて沸くスタンドの歓声が頭をよぎる。そのイメージができた時の僕はメチャクチャ強い。イメージは未来のことなので、架空なんですけど。
田原 峰さんのターンというのは、未来を切り裂くターンですよ。
峰 うわ、すごくいい言葉! かっこいいです。
――自身のボートレース人生について
峰 波瀾万丈だと思います。自分の人生に自分がついていくのが必死。でも、苦しみや栄光の中で感じるものとか、人の何倍も感動していると思います。
田原 今までのことは無駄ではなかったね。僕なんか人のこと言えないくらい人生失敗してるんです(笑い)。
峰 いえ、一緒ですよ(笑い)。
――蒲郡の思い出は
峰 初めてSG優勝戦1号艇に乗った時に負けちゃって(2015年メモリアル)。それまで泣いたことないくらい泣いた。やっぱり「忘れ物」のイメージが強いですね。
田原 覚えていますよ。1マークで篠崎(元志)さんに差され、1周2マークで差して、また先頭に立ったんですよね。
峰 あれはセーフティーリードじゃないですか。優勝!って思った瞬間に緊張して「何だこれ」って。体が動かなくなってきたんですよ。
田原 分かりますよ。ずっと目標にしてきたビッグレースですしね。
峰 失敗の原因は緊張。SGタイトルを高く設定し過ぎて、雲の上のことにトライするって感覚が襲いかかってきた。何で負けたのか?って必死に探した時に「メンタル」と気付いたんです。簡単に言うと、勝負の世界では自分が弱いって思ってはいけない。自分は強い、うまい、スター性あるって思う。それがすごく大事なんです。
――緊張との向き合い方は
峰 僕の中で答えがあって、緊張ってみんな嫌がって邪魔者にしますが、つらいことがたくさんあってゴールがもう近くにきている状態。緊張は栄光がすぐそこまで来ている合図だと思っています。
田原 緊張を味わえるのは幸せ。ご褒美と思った方がいいですね。
――全24場制覇と通算100Vも懸かる
峰 ドラマチックですね。今回優勝するに当たって自分に足りないものを探したんです。なかったです! もう優勝する条件が自分の中に全部ある。謙遜せずに言っちゃいましたけど。
田原 いいですね。峰さんは謙遜しなくていいです。ぜひ優勝してください。期待しています!
峰 はい、ありがとうございます!
☆みね・りゅうた 1985年3月30日、佐賀県生まれ。佐賀支部95期生。2004年11月にからつでデビュー。同年12月の福岡で初勝利。05年11月のからつで初優勝。09年2月の芦屋・九州地区選でGⅠ初V。17年7月のまるがめオーシャンカップでSG初制覇。通算99V、SGはグランプリ2Vなど5V、GⅠ17V。生涯獲得賞金は15億5845万7945円(19日現在)。
☆たばら・せいき 1959年1月15日、島根県生まれ。78年に谷八郎キュウ舎所属騎手としてデビュー。同年28勝で関西新人賞、翌79年に63勝を挙げて関西リーディングジョッキーに輝き天才騎手と呼ばれる。93年12月の有馬記念でトウカイテイオー騎乗で優勝。GⅠ通算15勝。98年2月に騎手引退、調教師に転身。現在は競馬評論家として活躍中。















