映画宣伝プロデューサーの叶井俊太郎氏(56)がすい臓がんで「余命半年」と打ち明け、反響を呼んでいる。叶井氏はこれまでB級映画を担当してきたが、意外にもスタジオジブリの宮崎駿監督(82)、プロデューサーの鈴木敏夫氏(75)との交流もあった。国民的アニメの巨匠との出会いで得た教訓とは――。
叶井氏は昨年6月にすい臓がんのステージ3で余命半年と宣告され、現在はステージ4に進行したと11日に「X](旧ツイッター)で打ち明けた。抗がん剤治療は受けず、仕事もこれまで通り継続。寿命をまっとうする覚悟という。
自著「エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の〝余命半年〟論」(30日にネット先行発売)も発表。末期のすい臓がん患者が、旧知の友人とトークした対談本だが、その中にジブリの鈴木氏が含まれ、芸能界を驚かせた。国民的アニメとB級映画――それぞれの宣伝プロデューサーにまさかの接点があったからだ。
叶井氏は20年以上前、第二次世界大戦の戦闘機パイロットを描いたチェコ映画「ダーク・ブルー」を買いつけた。同作の宣伝コメントを頼もうとオファーしたのが、雲の上の存在の宮崎監督。戦後のパイロットを描いたジブリ映画「紅の豚」(1992年)が脳裏にあった。
「宮崎監督は飛行機好きなんじゃないかと〝勝手〟に思い込んで、シャレでジブリに資料を送ったんですよ。そうしたら監督が『見たい』と。えっ…と驚いて」
同作の試写会がジブリの試写室で行われた。宮崎監督のほか、押井守、庵野秀明、岩井俊二といった著名監督らも集結。叶井氏は面食らった。
「宮崎監督は気に入ってくれました。ただ、日本語タイトル『この空に君を想う』を変えてくれと言ってきて。ポスターやチラシとかは印刷して完成してたんですがね。それはできないと返したら、すかいらーくで食事しながら考えようとなったんです」
ファミレスで緊急会議を実施。その結果、原題の「ダーク・ブルー」に戻すと決まった。叶井氏は関係各所に「あの宮崎駿が言ってるから!」と説得し、一日でタイトルの修正作業を完了させた。
これに宮崎監督は驚き「協力するよ」と宣伝を買って出た。後日、鈴木氏も「ジブリとして出資するよ」とカンパを名乗り出る。約束は果たされ、強力なバックアップを得て02年10月、公開された。
ただ、興行としては「相当コケたけどね」。
アニメの巨匠との出会いで得た教訓がある。
「思い込みと行動力が重要。それがないと、ジブリに資料を送らないですよね」
医者からの余命宣告は「年内までもつかどうか」に変わったが、最期まで思うがままに駆け抜ける。














