プロレスラーの谷津嘉章(66)が、義足を外して異例の挑戦に打って出る。2019年に右ヒザ下を切断後、日本障がい者レスリング連盟を立ち上げ、全日本社会人選手権(7月1~2日、埼玉・富士見市立市民総合体育館)男子フリー125キロ級に出場。障がい者レスリングのアピールを目的に、健常者ばかりの大会で優勝を目指している。大一番を前に、母校を訪れ猛練習。〝谷津スペシャル〟開発に取り組む姿を取材した。
谷津が最後にレスリングの大会に出場したのは、1986年全日本選手権。プロレスラーが初めてアマチュアの大会に参加した歴史的な日となり、男子フリー130キロ級で優勝した。再び前代未聞の挑戦に臨む谷津は、原点回帰で母校・足利大付高(旧・足利工大付高)の門をくぐった。故・三沢光晴さんらを輩出し、強豪が揃う名門のマットサイドで、義足を外しながら大会出場の目的を語った。
「目標はもちろん優勝だよ。この年齢で社会人選手権に出ることですら普通ないこと。だけど自分がここで障がい者レスリングをアピールしないと。捨て身だよ。背水の陣。ここでやらないと、なんのためにやっているのかわからなくなるから」と悲壮な覚悟を見せた。
2019年、糖尿病が悪化し、右ヒザ下切断を余儀なくされた。失意のどん底にある時、障がい者レスリングに光を見いだし、団体を立ち上げた。最終目標はパラリンピック正式種目入り。普及・発展のために一般大会出場を決めたが、戦い方は試行錯誤の連続だ。
プロレスでは武器になる義足も、レスリングでは外さなければならない。立つことは難しく、構えはヒザをついた状態の低い姿勢となる。「どうやってポイントを奪うか、(立っている)相手がどう反応するか、いろいろ試している。切断した面をマットにつけることは痛くてできないから、右足で踏ん張ることはできない。上半身、腕を使った攻防が重要になる」
母校では、石川利明監督のアドバイスを受け、健常者に勝つための秘技を練習。この日だけで3パターンが誕生した。練習相手となった今年の全国高校選抜男子フリー125キロ級2位の福島煌天(高2)は「体幹がすごい強いです。自分が下になったら動けませんでした」とびっくり。元五輪代表で、現役プロレスラーの底力はダテではなさそうだ。
後輩とのスパーリングで「手応えを感じてきたよ」と笑みを浮かべた谷津は、障がい者レスリングは大きな可能性を秘めていると話す。「海外でレスリングが盛んで強い国って、紛争を抱えているところが多い。地雷を踏んでしまって足を失う人たちもいる。もし障がい者レスリングがあれば、ケガをした人たちが『レスリングをやってみよう』となると思う」。競技特性についても「レスリングはグラウンドがある。グラップリングができる。格闘技の中では、障がい者が取り組みやすいと思う」と力説した。
海外に同様の団体はないそうで、まさにゼロからのスタートとなるが、本気も本気だ。「10年後にパラリンピック正式種目を目指す。絶望する人にとって、レスリングが希望の光になるのではないかと思っているよ。不可能なことはなにもない」と言い切った。
今大会で3位以内に入れば、年末の全日本選手権出場権を得る。全日本に駒を進めれば、さらに話題になることは間違いない。「ここまでがむしゃらにやってきた。団体をつくってやってよかったのかなと思うこともある。でも頑張って、信じるしかない。間違ってなかったと感じるのは、きっと、パラリンピックの正式種目になった時じゃないかな」。人生をかけた大一番に臨む。
☆やつ・よしあき 1956年7月19日生まれ。群馬・邑楽郡出身。足利工大付高(現・足利大付高)でレスリングを始め、日大在学中の76年モントリオール五輪フリー90キロ級に出場し8位。80年モスクワ五輪代表(日本のボイコットにより出場できず)。同年、鳴り物入りで新日本プロレスに入団。デビュー戦はアントニオ猪木とタッグを組む破格の待遇で、スタン・ハンセン、アブドーラ・ザ・ブッチャー組と対戦した。全日本プロレス、SWS、総合格闘技などでも活躍。2019年6月、持病の糖尿病が悪化し右足ヒザ下を切断。現在は義足を着け、DDTのリングに上がり続ける。186センチ。













