ロックバンド「横浜銀蝿」のリーダーでドラムの嵐ヨシユキ(本名=田宮淑行)さんが7月4日に亡くなっていたことが分かった。享年67.所属レコード会社が11日、発表した。

 嵐さんはかねて病気療養中だった。近親者のみで葬儀を執り行った。

 リーダーの訃報にボーカル・翔は「兄貴、早過ぎるよ。まだまだ一緒にステージでロックンロールしたかった、悲しいよ。未だに受け入れられてないけど、受け入れないとね。兄貴、ずっとありがとう。約束通り、生涯現役、貫いたね。ゆっくり休んで下さい」とコメント。

 ギターのJohnnyは「無敵の嵐さんが7月4日永眠されました。嵐さんとは、17歳の時マブダチの翔くんの兄貴として出会いました。3学年先輩ですが、年の差以上にでっかい人でした。嵐さんは無敵でした。馬力があり、何事にも動じない、怯まない、あきらめない、この人についていけば大丈夫だと思えるようなでっかい人でした。横浜銀蝿のアマチュア時代、何回も何回もオーディションに落ちても嵐さんだけはメジャーデビューすることを絶対あきらめませんでした」

 横浜銀蝿はデビューしてから「2年間でオリコンシングル1位、オリコンアルバム1位、武道館満タン」という3つの目標を掲げ、それを全て実現した。「嵐さんと出会い、嵐さんと一緒に夢を追いかけて、努力する大切さ、諦めない心、目標を達成する喜びを教わりました。嵐さんと出会っていなければ音楽が一生の仕事にはなってなかったと思います」

 結成40周年の2020年には「横浜銀蝿40th」としてオリジナルメンバー4人で復活した。「嵐さんの体調は万全ではないと聞いていたのですが、やっぱり嵐さんは無敵でした。2年間ほぼ全ステージ、ドラムに座り楽しそうに音楽を奏でました。透析をしてのライブのしんどさは想像を絶するはずですが、いつも大丈夫、大丈夫と言って決して泣き言は言いませんでした。嵐さん、天国では大丈夫、大丈夫と無理はしないでくださいね。安らかにお眠りください」と追悼した。

「俺のキャリアのすべては、18歳の時に見ず知らずの嵐さんからもらった一本の電話から始まりました」というベースのTAKUは「お互い還暦をすぎた頃から、決して埋まることのない先輩後輩の間柄の中にも、同じ時代を生きてきた同志的な感覚が芽生えてきて、ようやくこれからは、お互いちょっと楽しながら、一緒に可愛いおじいちゃんをめざせるかなとか思ってましたが、残念ながら嵐さんは、全然可愛くないおじいちゃんのままいきなり旅立ってしまいました。まさに文字通りの『生涯現役』。もうここずっと大好きな車の運転ができなかった嵐さん。でもきっと今ごろ、またあの赤いGTOで天国の第三京浜かっ飛ばしてると思います。ねぇ嵐さん」とコメントした。