1970―80年代を中心に多数のヒット曲を放った歌手のオリビア・ニュートン・ジョンさんが8日、米西部カリフォルニア州で死去した。73歳だった。本人のフェイスブックに訃報が投稿された。「レット・ミー・ビー・ゼア」「そよ風の誘惑」「ザナドゥ」「フィジカル」「愛のデュエット」などで世界的に知られるポップミュージックのアイコン。後半生は乳がんとの闘いに費やされた。
フェイスブックへの投稿によると、オリビアさんは8日朝、カリフォルニア南部の牧場で夫の実業家ジョン・イースターリング氏ら親族や友人らに囲まれ、安らかに息を引き取った。「オリビアは30年以上にわたって乳がんとともに人生を歩み、勝利と希望のシンボルだった」と記されている。
オリビアさんは1948年、英国ケンブリッジに生まれた。幼少時に家族とオーストラリアに移り、10代半ばで歌手として活動を開始。70年に英ミュージカル映画「オリビア・ニュートン・ジョンのトゥモロー」に主演し、同作のサウンドトラックでメジャーデビューを果たした。
71年に「イフ・ノット・フォー・ユー」のヒットで注目され、「カントリー・ロード」「レット・ミー・ビー・ゼア」などを経て74年、「愛の告白」が大ヒット。翌年に発表された「そよ風の誘惑」で披露した澄み切った歌声が人気を呼び、ポップ歌手としての地位を決定づけた。
カントリー、ポップ調から幅を広げたのが、米人気俳優ジョン・トラボルタと共演した78年のミュージカル映画「グリース」から生まれた「愛のデュエット」。テンポある曲調がアダルトチックな雰囲気を醸しだした。英ロックバンド、エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)とコラボした80年の「ザナドゥ」は音楽のスケールをさらに広げた。
その他、若者が集まるディスコで流れた「フィジカル」やアップテンポな「ジョリーン」、さらには「マジック」など全米1位を含めてあまたの世界的ヒット曲を世に送り出した。
歌手としてヒット曲に恵まれ、多数のファンや名声も得たオリビアさんは92年、乳がんを患ったことが分かり、以後の人生はがんとの闘いにも費やされた。再発や転移に悩まされながらも、植物療法に活路を見いだし、自身の名を冠した財団も設けて闘病生活を続けてきた。日本では78年、杏里のデビュー曲「オリビアを聴きながら」で「メイキング・グッド・シングス・ベター」とオリビアさんの曲のフレーズが使われ、話題になった。
訃報を受けて日本のSNSでは「ポップスの入り口だった」「レコードまだ持っています」「70~80年代がどんどん遠のく」「杏里さんのヒット曲を知らない世代が増えている」などと、惜しむ声や懐かしむ言葉が発信された。最近では2015年に5年ぶりの来日公演を行っていた。
6歳年下で“盟友”ともいうべきトラボルタはインスタグラムに「最愛の人、オリビア。あなたは私たちすべての人生をより良くしてくれた。あなたのインパクトは信じられないものだった。本当に愛している」と故人の写真とともに哀悼の言葉を伝えた。












