開花を待たずに旅立った――。「ゴジラ」シリーズなど多数の映画やミュージカルに出演した俳優の宝田明さんが、14日に死去していたことが18日に明らかになった。87歳だった。昭和の映画黄金期に活躍した二枚目スターは、一方で壮絶な戦争体験による苦しみを抱え、メッセージを発してきた。10日に主演映画「世の中にたえて桜のなかりせば」の舞台あいさつに出席して間もない、無念の急死。4月1日の公開まであと2週間余りだった。

 著書タイトルに「銀幕に愛をこめて―ぼくはゴジラの同期生」とあるように、宝田さんはゴジラとともに俳優人生を歩み始めた。

 1953年に東宝ニューフェイスに採用され、翌54年に初主演作「ゴジラ」が封切られると大ヒット。シリーズ化され、代表作の一つとなった。180センチを超す長身と甘いマスクは女性ファンを魅了。司葉子、白川由美、京マチ子らスター女優たちとの共演がスクリーンを彩った。小津安二郎や成瀬巳喜男ら巨匠の作品にも名を連ねるなど、映画が娯楽の王様だった時代にトップ俳優として活躍した。

 切っても切れない関係のゴジラは、核実験の影響で変異し、自ら放射能を帯びた炎を発する巨大生物という設定。現実世界で広島と長崎が被爆した太平洋戦争、さらには中国大陸での戦争は、宝田さんに過酷な経験を強いた。

 日本占領下の朝鮮で生まれ、家族で旧満州のハルビンへ移住。終戦も同地で迎えた。日本の敗戦と同時に襲ってきたのは旧ソ連軍だった。ソ連兵の略奪や暴行、強制使役…。2016年、政治団体の集会に参加した際、ソ連兵に撃たれた右腹部の傷がまだ痛むと語っていた。

 壮絶な戦争体験をさまざまなメディアに語り、ソ連や同国崩壊後のロシアに対する複雑な感情も隠さず、ロシアの映画やバレエなどは「見たくない」「ロシアを絶対に許せない」などと話した。前出の集会時の本紙取材には「戦争はしてはいけない。私は幼少期に満州で地獄を見た。泥水をすすり、イナゴと間違えてバッタを食べて腹をこわしたんですから」と訴えた。レイプ目撃も明かした。

 16年には政治団体「国民怒りの声」から参院選出馬も一度は発表されたが、取りやめに。政治との関わりは途絶えても、反戦メッセージは発し続けた。

 そんな宝田さんが力を注いだのが、10日に完成披露舞台あいさつが行われた映画「世の中にたえて桜のなかりせば」だった。自身の事務所「宝田企画」が携わったこの映画は「終活」がテーマ。今年で芸能生活68周年の宝田さんと、「乃木坂46」の岩本蓮加(17)のダブル主演も話題になっていた。
 数々の女優と共演してきた宝田さんにとって、岩本は目を引く存在だった。「岩本さんをほめていた。宝田さんは共演女優をあまりほめたことがない人だけに、周囲は驚いていました」(制作関係者)

 4月1日の公開、桜の開花まであとわずかでの旅立ちは、無念だったに違いない。「宝田さんはこの映画の第2弾も撮りたいと言っていました。本人が90歳、岩本さんが20歳となるタイミングで公開したいと意欲を示していました」(同)

 ゴジラに始まり、70歳年下になるアイドルとの共演――。華やかな俳優人生にエンドロールが流れた。