【この人の哲学】作曲家・芹澤廣明 アニソン「タッチ」には違う歌詞があった

2020年09月06日 10時00分

「運がよかっただけ」と芹澤氏は謙遜するが…

【この人の哲学:芹澤廣明(作曲家)】中森明菜、チェッカーズ、さらには「タッチ」や「キン肉マン」「機動戦士ガンダムΖΖ」の主題歌など数多くのヒット曲を生み出し、最近は米国デビューも果たした作曲家、芹澤廣明氏(72)。今回は芹澤氏が作曲し、30年以上愛され続けているアニソンの秘話を語ります。あの人気曲は歌詞も歌手も別だったかもしれなかった!?

 ――岩崎良美が歌ったアニメ「タッチ」(1985~87年)の主題歌「タッチ」(85年)は、高校野球の応援でブラスバンドが演奏するなど、発表から35年たった今もよく耳にします

 芹澤氏「タッチ」を手掛けることになったのは、その前に同じあだち充さん原作のアニメ「ナイン」(83年)の主題歌をやって、気に入ってもらえたからですね。単発の2時間特番でした。

 ――「ナイン」は83~84年にかけて3本が制作され、うち1本は映画として公開されました。アニメ「タッチ」のオープニング&エンディング曲は度々変わりましたが、全て芹澤さん作曲です。印象に残っていることは

 芹澤氏 最初の主題歌「タッチ」はね、実はあの詞とは違う歌詞があったんですよ。作詞の康珍化さんは2つ書いてました。プロデューサーとどっちにするか一生懸命話してて、康さんは当然「タッチ、タッチ」の方がいいと言ってたけど、プロデューサーは別のがいいと言って、決まらなかった。その時点では誰が歌うかも決まってませんでした。

 ――なんと! 違う歌詞になっていたかもしれなかったんですか。そんな秘話があったとは。岩崎良美に決まったのは

 芹澤氏 仮歌を入れた後です。プロデューサーから「岩崎さんはどうですか?」とすすめられたんだけど、いいかどうかなんて歌を聴かないとわからないじゃない。それで歌ってみてもらったら良かったので、彼女に決まりました。

 ――ということは違う歌手になっていたかもしれなかった

 芹澤氏 歌う人が変わることはよくあることで、レコーディングが始まる寸前までガタガタしてるものなんです。最初から「この人ならこのぐらいのセールスを見込める」っていうなら別だけどね。新たに始めることってみんなそう。売れるかどうかなんて、最初はわからないから。

 ――結果的に岩崎良美最大のヒットとなり、その後も様々な歌手にカバーされています

 芹澤氏 運が良かっただけです。

 ――アニソンで最も売れたのはこの「タッチ」ですか

 芹澤氏 一番売れたのは、ガンダムΖΖの「サイレント・ヴォイス」(86年)ですね。

 ――意外です!「機動戦士ガンダムΖΖ」(86~87年)の後期の主題歌ですね

 芹澤氏 よく「チェッカーズは売れましたよね」って言われたけど、チェッカーズより売れました。なんで売れたかというと、ゲームに使われたから。入った印税を枚数に換算すると、2000万枚ぐらいになるのかな。

 ――すごい数! この曲や中森明菜の「少女A」(82年)、チェッカーズの多くの曲で、作詞家の売野雅勇さんと組んでいます。なぜ組むことが多かったんですか

 芹澤氏 同じ事務所にいたんです。「マッドキャップ」といって、井上大輔さんや大野克夫さん、森雪之丞さん、岡田冨美子さん、売野さんと、売れている人が何人も所属してました。阿久悠さんも資本を出していて、阿久さんがいたオフィストゥーワンの子会社みたいな感じ。

 ――売れっ子が多数所属したのに、検索しても詳細が出てこない伝説の作家事務所ですね。「少女A」の翌年、「キン肉マン」や「ナイン」の主題歌と同じ年に芹澤さん作曲のチェッカーズのデビュー曲「ギザギザハートの子守唄」(83年)が発売されました

 芹澤氏 実はあの曲、ある俳優が歌うはずだったんですよ。

 ――え! またそんな秘話が!

 ☆せりざわ・ひろあき 1948年1月3日生まれ。神奈川県横浜市出身。歌手、ギタリスト、作曲家、音楽プロデューサー。高校在学中から米軍キャンプで演奏し、67年にGSグループ「ザ・バロン」を結成して69年にデビュー。解散後に若子内悦郎と「ワカとヒロ」を結成。その後、作曲家として中森明菜「少女A」(82年)、チェッカーズ「涙のリクエスト」(84年)、岩崎良美「タッチ」(85年)ほか多数のヒット曲を生み出した。2018年に自ら作曲した「Light It Up!」を歌い全米デビュー。今年5月には芹澤氏作曲、売野雅勇氏が英語詞を担当した全米3枚目のシングル「Julia」が発売された。