127、128期の新人選手にスポットを当てる「Challenge! 新人競輪選手紹介」。今回は杉浦颯太(20=北海道)に注目。父・康一(58期)の背中を追って輪界に飛び込んだ若武者の思いと覚悟は――。
父が競輪選手として活躍する姿、そして一般の職業とは違う世界を物心がついた時から目にしていたことが自身の道の選択に大きく影響した。
「漠然と憧れはありましたね。選手カッコいいな、お父さんカッコいいな、みたいな。家で練習して出稼ぎに行っているようなスタイルもカッコいいと思ってました(笑い)。普通ではない感じに惹かれました」
ただ、輪界の華やかさだけではなく厳しさも苦労も知っているのがその父。「(父は)僕には選手をやらせたくないんだろうな、というのは感じてました」。親子だから分かる空気感。ただ、それをも上回る信念が颯太にはあった。
最初に覚悟を示したのは高校入学の時。「中学3年の時に選手になりたいと言ったら『絶対にダメだ』と言われて」選手へ、ではなく、まずはスポーツとして自転車競技を始めることに。
「親父の中で自転車競技と競輪は別物という認識だったみたいで、純粋に学生スポーツとしてやるには『いいよ』と言ってくれました」。ただ、その思いとは裏腹に「僕は選手になるために(競技)をやっていたので」
父としてはその意思まで汲んで、自転車の厳しさ、つらさを乗り越えることができるのかを測っていたのかもしれない。競技では素質を開花させ、インターハイのスプリント1位、全日本自転車競技選手権トラックジュニアではスプリント1位、1キロTTで1位の実績を挙げた。
ここまで来れば選手を意識しているのは周知の事実だったが「父からは『(養成所の)試験は1回まで。浪人はダメ』と言われていた。高校3年10月の試験がそれだったけど『ダメだったら一浪して大学に』と言われてました」。高校の時に親子間で〝教え〟をもらうことはなかったらしく、同じ北海道内で一学年上だった中石湊などにもアドバイスをもらいつつ、一発勝負の養成所試験を突破してみせた。今、選手になったからこそ感じる父の偉大さもある。
「競走が終わって当たり前のように次の日から練習しているのを見てきた。体力的にもだけど精神的にすごいな、と。勝った時はいいけど負けて次の日からは…。父は当たり前のようにやっていた」
脚力やレースセンスだけではない実直さ、メンタル面の強じんさは同じ環境だからこそ痛感させられるところがある。 父とは師弟の関係となったが「今でも師匠と弟子というより親子です。父が競輪の話を家でしたがらないので自分もしないですね」。背中を見て越えて行け――。それが杉浦親子の競輪道だ。
【Q&A】
――趣味は
杉浦 特にないんですけど…車は欲しいです。
――賞金を貯めて買いたい車
杉浦 昔の車なんですけど、R32GTRです
――最初の賞金は何に使った
杉浦 家族でご飯を食べにいきました
――好きな曲は
杉浦 矢沢永吉さんです。親父が好きだった影響も受けました
――読者アピールを
杉浦 1走、1走でいいレースを心掛けて、内容も結果もどっちもこだわっていきたいと思ってます
☆すぎうら・はやた 2005年5月19日生まれ。170センチ、73・5キロ。養成所順位は15位。父であり師匠の康一(58期)の背中を追って競輪界へ。身近な目標は「特進(特別昇班)」。












