【女子ボートレーサー・インタビュー 増本杏珠(20=福岡)前編】
――選手になったきっかけは
増本 祖父と母親がボートレースを見ていて、近くのボートピア勝山に連れて行ってもらっていました。小学生の頃から「レーサーになればいいじゃん」と言われていましたね。でも、現実味がなくて、試験は受けずにいました。高校2年生の就職を決める時に、体を動かすのが好きで、事務系の仕事か体育の先生になるために大学に行こうか悩んでいたんですけど、1回だけ受けてみるかという感じで受けたら、1回で受かりました。
――高校を卒業してから試験を受けるという選択肢は
増本 ボートレーサーの試験が泊まり込みになったりするし、1回で受かるとも限らないので就職する前に受けました。試験の合否は関係なしに、とりあえず受けてみようと思っていました。受けるからには本気で受けました。
――レーサーを目指すことを決断した時の両親の反応は
増本 両親は何も言わなかったけど、祖父の方が心配していました。昔の時代のことや養成所の過酷さを知っていたので「大丈夫なのか?」と言われていました。うれしさよりも心配の方が大きかったと思います。
――受かった時の心境は
増本 2次試験を受ける人数がとても多くて、この中から50人なのかと思っていました。合格発表がいつもの期よりもだいぶ遅く、封筒もペラペラで絶対落ちてるなと思っていたんです。恐る恐る開いたら合格でした。親も信じていなかったです。
――ボートレーサー養成所に入所する時の心境は
増本 受かってハッピーだったけど、すごい人の集まりだったので、入所するまでの間トレーニングとかを頑張りました。友達には転校すると言って高校を辞めたので、意地でも卒業しないといけないと思っていました。
――養成所での3連対率は女子トップだった
増本 負けず嫌いなところが出て、6着でも意地で着を上げようと思っていたので、3着が多かったんだと思います。デビューしてからも6着が少ないと思います。
――養成所の練習で心がけていたことは
増本 まくりよりも差しの方が自分的には得意だったので、ずっとそこを磨いていました。今も差すことが多くて、そこはつながっていると思います。
――今年2月23日、大村5日目12Rで初勝利。3コースからのまくり差しだった
増本 3コースに入って2回目だったはず。走り方も分からなくて、まさか入るとは思わなかったので、うれしかったです。
――初勝利で何かをつかんだ
増本 水神祭からかは分からないけど、最近は競っている時に焦らなくなりました。デビューした頃は道中で負けたくないっていう気持ちから、焦って飛んで行ったりしてしまっていた。今は余裕を持って道中さばけるようになってきたと思います。













