認知症が進行し4日に肺炎のため他界した歌手・橋幸夫さん(享年82)の告別式が10日、東京・文京区の傳通院でしめやかに営まれた。
出棺前には、橋さんの後進ユニット3人組「二代目橋幸夫yH2」が、橋さんと吉永小百合のデュエット曲「いつでも夢を」(1962年)を歌い、見送った。彼らが歌い出した途端、大粒の雨が降り始め神秘的な光景に。横で位牌を持っていた喪主、橋さんの妻・真由美さんも口ずさみ、参列した中高年ファンたちも合唱した。
橋さんの遺影を持つ最年少メンバー・徳岡純平(25)はこの春、晴れて大学院を卒業。他の2人と同じく、所属事務所「夢グループ」の社員になった。
最年長の小牧勇太(44)は寝坊グセがたたり、今年1月から謹慎していたが、この日が歌手復帰の舞台に。式の前、緊張しているか聞くと「最後なんで…。頑張ります」と神妙な面持ちだった。
一昨年のオーディション合格後から社員と歌手を掛け持ちしていた進公平(30)は、9日の通夜で「(橋さんに)怒られたことってホントにないんです」と明かした。すると小牧は「怒られたのは、一番多いのは僕ですね。いろんなことで多々あります」と苦笑。それだけ小牧が橋さんにかわいがられていたのは、他の2人も納得するところだ。
「小さい頃から橋幸夫さんが大好きで、特に股旅モノ(『潮来笠』や『子連れ狼』など)が大好き」という徳岡は、「尊敬する大先輩であり、師匠でもあり、父親でもあり、関係性っていうのはひと言では言い表せない」と語っていた。もともと歌手の小牧も、橋さんのことを「永遠の師匠ですね」と表現。
進は「橋さんに僕たちがもっともっと活躍して、いろんな人に知ってもらってる姿を見せたかったなっていう悔いが、一番やっぱりあります」と話していた。












