認知症が進行し4日に肺炎のため他界した大御所演歌歌手・橋幸夫さん(享年82)の告別式が10日、東京・文京区の傳通院でしめやかに営まれ、遺族や芸能界の仲間たち、中高年ファン約600人の参列者が最期のお別れをした。

 所属レーベル・ビクターエンタテインメントの小野明社長は弔辞の中で、橋さんが1960年代にヒットさせたリズム歌謡に触れ「和製ポップスとして発展し、現在のJ―POPの源流となっていった」「現在の日本音楽界の礎を築かれた」と賞賛。橋さんより17歳年下の三代目後援会長・幡谷定俊さんは「人生100年時代。橋さん、ちょっと早すぎましたね」と語り掛けた。

 1962年に「いつでも夢を」をデュエットした女優・吉永小百合(80)からの弔電は、前日の通夜に引き続き司会を務めた元NHKのフリーアナ・宮本隆治が読み上げた。

「突然の悲しいお知らせを受け、茫然としております。橋さんと初めてデュエットさせていただいた時、お互い10代でした。忙しくてなかなかご一緒に歌うことができませんでしたが、舞台では明るく、優しく、私をリードして下さいました。今も深く感謝しております。ご冥福を心からお祈り申し上げます」

 葬儀委員長を務めた所属事務所「夢グループ」の石田重廣社長は式の前、橋さんが78歳で入学し来春卒業予定だった京都芸術大学の関係者と交渉。「卒業証書もらえるようにということで、お願いしてあります。必ず卒業証書、僕の手に来ます」と式中、橋さんに伝えた。

 喪主である18歳年下の妻・真由美さんは「長きに渡りご支援いただき、誠にありがとうございました」と短く挨拶。僧侶が、橋さんにあてた真由美さんの〝ラブレター〟を代読する場面もあった。

「知り合ってから長い間、私を支えてくれてありがとう。3か月の入院生活でずっと一緒にいれた2人の時間は、幸せな幸せな私の宝物。私の腕の中で『人生はまだ語れない』を最後に一緒に歌いましたね。これからはハスの座布団の上に座って市川雷蔵さんはじめ、多くの先生方、多くの方々にお会いしていることでしょう。お願いします。私のハスの座布団を空けておいて下さいね」

 霊柩車に棺を運び入れる際には、集まったファンから「橋さ~ん」「ありがとう~」と声が飛び、拍手が巻き起こった。位牌を持つ真由美夫人や石田社長と並ぶ、橋さんの後進ユニット3人組「二代目橋幸夫yH2」がお別れに「いつでも夢を」を歌い始めると、急に大粒の雨が降りだした。ファンたちはずぶ濡れになりながら、大合唱。

 続けて弟分の歌手・三田明(80)は「ホントに悲しくて、涙雨になりましたね。すごいわ、やっぱり先輩は。すごい力をもってるね。こうやって清めていただいてるんだと思います」と驚き、弔辞を読み上げた。

 昭和、平成、令和と駆け抜けた大スターを送るにふさわしい、ぬくもりのこもった葬儀になった。