落語家の六代目笑福亭枝鶴が9日、DAIHATSU 心斎橋角座で行われた「六代目笑福亭枝鶴独演会 芸歴五十年記念の会in心斎橋角座」(9月14日)の記者会見に出席した。

 1975年1月、五代目笑福亭枝鶴に入門。84年より大師匠の六代目笑福亭松鶴門下へ移り、08年に六代目笑福亭枝鶴を襲名した。

 出囃子(でばやし)が響く中、登壇した枝鶴は「六代目笑福亭枝鶴を継がせていただいて、15年になります。そして私が噺家になりましたのが昭和50年でございまして、五代目笑福亭枝鶴に入門し、それから数えて50年の独演会をやらせていただく」と切り出した。

 独演会に漫才師・酒井とおるがゲスト出演するという。「六代目(笑福亭)松鶴がかわいがってた、そして五代目(笑福亭)枝鶴を知っている芸人さん。とおる兄さんがよく(五代目枝鶴と)劇場で出番が一緒だったそうですので、その当時の話も含めて聞ける。そしてピンとして高座に上がっておられる芸が誠にすばらしい」と絶賛した。

9月に独演会を行う笑福亭枝鶴
9月に独演会を行う笑福亭枝鶴

 この日、生死不明だった五代目笑福亭枝鶴について「五代目笑福亭枝鶴は亡くなっております。2018年1月8日、大正区で亡くなりました」と明かした。

 このタイミングでの発表となった理由について、弟子と妻を続けて亡くし、気力が衰えていた故・三代目笑福亭仁鶴さんに配慮し、五代目枝鶴の逝去の発表を控えていたという。

「仁鶴師匠、(弟子と妻の訃報に)ものすごい落ち込みはったんです。五代目枝鶴が死にましたということを伝えるとアカンなと思いましたので、仁鶴の存命中には言うまいと決めておりました」と振り返った。

 自身が襲名した枝鶴の名について「15年を振り返りますと、枝鶴の名を小さくしてんのちゃうかな。すみません。けれど、もうちょっとだけやらせてください」と悔いを口にした。

 現在、松竹芸能預かりとなっている上方落語界における大名跡・笑福亭松鶴の跡目について「松鶴は作るべきだと思う。芸が似てる人がふさわしいのではなく、名前を継ぐにふさわしい万人を引きつける魅力(を持つ人)」と指摘。

 該当者を聞くと「(笑福亭)鶴瓶やと思います。ただ、鶴瓶は芸が足らんでしょ。偽善者すぎます。もうちょっとスキがあったらいいんですけどね。周りはもっと若い人にと言うと思います。1番なってほしくないのは(笑福亭)鉄瓶ですかね」と持論を述べた。