作家の紗倉まな(31)が小説『うつせみ』(講談社)を刊行した。外見や容姿を重視して人を判断する「ルッキズム」に批判が集まる昨今、あえて美醜をテーマに小説を紡いだ理由は何なのか。整形すればするほど生来の個性が失われてしまうのに突き進んでしまうのはなぜなのか。単独インタビューでじっくり話を聞いた。
――ひと昔前まで美容整形すると〝いじった顔〟とされたが、美容医療が進化したことで世の中がだいぶ変化した。
紗倉まな(以下紗倉) そうですね、整形がすごくカジュアルになったと思います。同業者の方でも、もはや当たり前にしている状態だったりするので、そういった話を見聞きすることも多いですし、SNSを見ると「ダウンタイムがどうだった」とか一般の方の投稿も流れてきます。失敗のリスクが減ったこととみんなが飛びつきたくなるような画期的な施術が〝見える化〟されたことが大きいんじゃないかなぁと。
――ルッキズムが厳しく批判されるようになったのになぜ「美」を追い求めるのか
紗倉 ルッキズムのように「見た目だけ決めつけるな」って話もありながら、一方では「見た目はやっぱり大事でしょ」という意見もあって(世の中が)矛盾している部分はあると感じます。さらにこれだけ整形が浸透して種類もある中で「やらないのもったいないよね」っていう考え方も出てきてて、どこに主軸を置くか、人によって全然違うなって思います。
――整形に沼るリスクもある
紗倉 本当にそれこそ何をもって美とするかという問題で、「うつせみ」のストーリーと重なる部分でもあります。なりたい顔、目指すべき自分が明確に定まっているならいいんですけど、時代とともに変わる美もあるじゃないですか? 自分にとっての美の基準がないと、それこそ小学生からおばあちゃんになるまでずっと整形を続けるタイプになってしまいかねない。そういうリスクもわかるし、なりたいものになるという努力の一種でもあると思います。
――女性と男性で「美」そのものが違うのでは
紗倉 全然違いますよね。AVの世界に身を置いているときに常々感じるのはパッケージ写真の選び方。自分がかわいいと思った写真はことごとく選ばれなくて、でも男性からはすごくいいよみたいなことがギャップとして昔からありました。あと女性ファンと男性ファンでも自分が撮影した〝推し〟の写真が全然違うんですよね。画角とか色合いとか、そうしたものでも(男女で)美の基準が異なるという証左になっていると思います。
――小説の中でグラビアアイドルの主人公・辰子は男性からの欲情的な視線を「痛い」と感じている
紗倉 自分がどういう目で見られているか(女性は)すごくわかるんです。仕事する中で身についた勘みたいなものですけど、胸を撮ってるな、今は足だな、股間にズームしたなって本当に気配でわかりますよ(笑い)。その瞬間、(当該箇所から)毛が出てないか気になってしまう。私の場合は特に鼻毛コンプレックスがありまして…。
――なぜピンポイントで鼻毛?
紗倉 AVデビューしてちょっとしたころ、仲の良い女優さんに「ねぇまなちゃん、鼻毛出てるよ。切ったほうがいいよ」ってやさしくアドバイスされて。私はそれまで目ヤニついてないかとか化粧のあんばいはどうかは気にしていたのに、鼻毛だけは意識したことがなかったんです! そうか鼻に穴ついていたよなって、今まで見落としてたところだから習性として気にするようになってしまいました(苦笑)。
――整形せずともそのままの美しさもあるのでは
紗倉 はい。何もしないことが本当は一番美しいことだってみんなきっとわかっていると思うんですよ。でも、なんかこう周りの美しさに惑わされると、自分の美として信じていたものが揺るがされて、やっぱりそっちになびいてしまう…。〝今最もなりたい顔〟というお手本、教科書があるとそれを目指したくなって平均化されていく。
――もっと普遍的に、時代を超えた美はあると思う?
紗倉 う~ん、そう言われると確かにある気がしますね。オードリー・ヘプバーンさんとかどの時代でも国を超えても美しいとされる方もいるじゃないですか? 「うつせみ」の中で書いた美人(の顔)が左右対称であるところ。パッと見たときにいびつである箇所がないのが(美人の)条件だというと聞いて、そのことを書いたんですけど、当てはまる気がしつつ、それもまた表面的な美の話なんですよね。真の意味の美とはまた違う気がします。
――なるほど。変わる美と変わらない美が混在している。とはいえ生きている以上、私たちは老いに逆らえません。
紗倉 はい。年とともに増えるシミとかしわとかそういうものを含めて美しい人って美しいんだと思います。でも、やっぱりそのお人形さんみたいな陶器みたいな肌で、目は大きく二重、鼻は高く、ちょっと上向きみたいな、決めつけられちゃっている教科書みたいな美があって、それとの戦いがありますよね。これは私の勝手なイメージなんですけど、男性ほど女性に対して「劣化した」という言葉を使うじゃないですか?
――……。見たことはあるけど、私は使いません…
紗倉 美をめぐる問題は自分だけじゃなく、意外と身近な異性や同性から向けられる悪意のある視線や言葉とか、そういうものと戦っている気持ちもあって。たとえば「あれ、太った?」「目、細いね」「いつも眠そうだね」とか、ちょっとした言葉が澱(おり)として重なって、自分を苦しめていく呪いみたいなところがあるんです。
――「劣化した」よりは悪意が少ないような言葉に聞こえますが、ちりも積もればで心にダメージが及ぶと
紗倉 私も昔は気にしてたんです。ちょっとずつ(呪いの言葉と)距離をとれるようになって、今はある程度想像がつきます。多分、マックスひどい言葉はもう浴びた感じなんですよ(苦笑)。「久しぶりに見たなぁ」という感想が「劣化した」に置き換わっている方も世の中にいて、それだとキレイな人でさえ「劣化した」と言われるんですよ。言い換えずに「久しぶり」って言ってほしいなって思います。















