落語家の立川志らく(60)が18日「X」(旧ツイッター)を更新。昨年12月12日に死去していたお笑い芸人のホーキング青山さん(享年50)の思い出をつづった。

 志らくは青山さんが落語会に来ていたことを明かし「彼が芸人になる前、よく私と談春の落語会に来てくれていた。我々は青山くんと呼んでいた」と振り返った。

 当時の思い出として「ある時チケットが売り切れていて『なんとか入れませんか』という彼に『立ち見席ならあります』と答えたスタッフ。怒るかと思いきや『立ち見は無理だよ。椅子持参していいですか』と笑いながら答えたホーキング」と絶妙な切り返しをしたエピソードを明かした。

ホーキング青山さん
ホーキング青山さん

 その後芸人になった青山さんについて「やがてプロになりホーキング青山となり、そのネーミングに『粋なもんだ』と喜んだ談春と私」と芸名に感心したとも。

 さらに志らくの師匠・立川談志にもかわいがられたといい「ある時、談志が彼に酒を大量に飲ませた。『おい、泥酔状態でそこの交番に行ってくだをまけ!その時、お巡りが『大丈夫ですか、家まで送りますよと言ったらそのお巡りはにせものだ。おい!障害者だからといって甘えるな!と叱ってくれたらそのお巡りは本物だ』と談志は言った。すると青山『酒飲んで車椅子を運転すると飲酒運転で捕まりますから』と豪快に笑っていた」とユーモアたっぷりの青山さんの言動をなつかしんだ。

 その上で「嗚呼、残念だ。さよなら青山くん!」とその死去を悼んだ。

 青山さんは先天性多発性関節拘縮症のため生まれた時から両手足は使えなかったが、お笑いの世界が好きで1994年6月の大川興業の若手芸人コンテストでお笑いデビュー。速射砲のような危険なトークで人気者になった。