脇あかりが闘う人生にエールを送る! 大分県の別府競輪場で3月18~21日に開催されるGⅡ「第7回ウィナーズカップ〝オランダ王国友好杯〟」のポスターモデルとなった脇は、幼いころから芸能生活を志し、東京パフォーマンスドールのメンバーとして芸能界デビューして以来、日々厳しい世界で戦っている。生き様重なる競輪選手の姿を見て、ファンに届けたい思いがあふれる。

「オーディションもめちゃめちゃ受けて、最後にこれを受けて、落ちたら大分に残ろうって決めたところで」――。

 10年前のことだ。大分県別府市に生まれた脇あかりは、芸能の道を進むと心に決め、高校進学の時点で自分自身と戦っていた。中学卒業後は「高校は東京に行くと決めてた。絶対に芸能活動する、って決めてたんです」と振り返る。自分の道を歩むために、挑戦を重ねた。

 ただ、すぐには扉は開かなかった。「これに落ちたら大分に残る」と決めて臨んだのが、東京パフォーマンスドール加入のオーディション。それは、始まりを告げた。

「合格した。東京、やっと行ける!」

 喜びつつも、背中に感じるものがあった。わずかに青ざめた表情を見せると「東京に出てきたからにはなかなか大分には帰れない、帰りたいとも言えない。そこの葛藤がありました」と話した。

「何かを成し遂げるとか、CDデビューとか、何かを持って帰るとかじゃないと帰れない」

 その不安はしかし「期待でもありました」と笑った。胸を張って大分に帰るんだという決意が、負けなかった。

 突き進んだ。ある時、長野恭紘(やすひろ)別府市長に「別府の観光大使をやりたいです!」と直訴した。〝上京〟に強く憧れながらも、やっぱり地元で活躍したい気持ちがあった。市長もすごい。「成人式で2回目に会えて、その時に覚えてくださってたんです。その3か月後に決まりました」。ツーリズム別府大使に任命された。

「市長は成人式で『固定概念をぶっ壊せ!』っておっしゃってたんですよ。優しくてユーモアがあって、すごく面白い市長なんです」

 闘っているからこそ、競輪選手の姿に共感する。2006年7月にデビュー、苦節17年を経て初のビッグレースに挑む小堺浩二(40=石川)に話題が及ぶと「17年、ってすごいですね。なんか5年ごととかに考えてしまいそう。やっぱりダメじゃないかとか」――。

 ビッグレース出場を17年間あきらめず、努力を続けたベテランへの眼差しが燃える。

「ファンが応援したくなる選手ですよね…」

 競輪場での仕事をするにつれ、選手のすごさはよく分かるようになった。また「ミッドナイトとかで注目選手を紹介するんですが、それを考えるのがめちゃくちゃ楽しいんです。東スポさんのインタビューが前日に載っているじゃないですか、あれを見てます」と、どんな選手なのか、どんな性格なのか、が興味深くて仕方ない様子。それをファンに伝えて、競輪を楽しんでもらうことが喜びになっている。

「ウィナーズカップの開催が決まってから、本当に楽しみにしてました。やっとあと少し! 自分がポスターになっているうれしさもありますし。ポスターは3パターンあって、その中で一番カッコいいものになりました。凛々しい感じ。旗を持って、勝利を勝ち取るぞ! というポスターです」

 さんぜんと輝き、競輪史に刻まれる美しいポスターがある。別府競輪場で争われる〝勝者の競演。〟――。その、4日間。源泉より熱く、湯けむりより高みへ。戦いから逃げない選手たちの走りを、心に焼き付けろ!

湯ぶっかけ祭りは衝撃レベル!
湯ぶっかけ祭りは衝撃レベル!

【別府への招待】別府愛あふれる脇が「ぜひ、別府に来てください!」と訴える。ウィナーズカップ観戦はもちろん、やはり温泉を楽しんでほしい。

「友だちとかと話していても温泉行きたい! って話が出る。みなさんも疲れがたまっているかもしれないし、温泉で癒されてほしいです」

 コロナ禍の閉塞、その労苦を癒す時期がやっと来た。もう一度、人の和を確かめるためにも「温泉は裸で入るじゃないですか。だから人と打ち解けやすい。本音の話をしやすい場所。嘘を言えない場所。リラックスしているから温泉では嘘を言えないんです」と、家族や仲間との温泉トークを楽しんでほしいという。

 またウィナーズカップの後には3月31日の前夜祭から4月3日まで別府八湯温泉まつりが行われる。中でも〝湯ぶっかけまつり〟は衝撃レベルで「ホントぶっかけ。消防のホースでかけるんですよ。私は以前、防水スプレーをしていったけど全くダメでした(笑い)」と必ず味わってほしいほどの興奮があるそうだ。

 ☆わき・あかり 1998年1月24日生まれ、大分県出身。モデル・タレント。大分県別府市・ツーリズム別府大使(18年3月~)。