日本の中華料理界をリードした料理人で四川飯店グループ会長の陳建一(本名・東建一)さんが11日、間質性肺炎のため東京都内の病院で死去した。67歳だった。東京都出身。葬儀は近親者のみで行った。後日、お別れの会を開く予定。

「四川料理の神様」と呼ばれた故陳建民さんの長男。大学卒業後、建民さんが経営する赤坂四川飯店で修業を始め、1990年に跡を継ぎ、34歳で同店の社長に就任。糖尿病や肺がんなどを患ったこともあり、療養のため、10年に息子の建太郎氏に経営を譲ったが、最近も厨房にも立つことがあった。年明けから通院・療養が続いていたという。

 陳さんといえば、93年から放送された「料理の鉄人」(フジテレビ系)で名を広めた。37歳の若さで「中華の鉄人」となり、放送初回から最終回までの6年間「鉄人」として出演。成績は94戦68勝23敗3引き分けだった。

 陳さんを知る中国人ジャーナリストは「テーマがなまこの時、デザートになまこゼリーを作ろうとして固まらず、ジュースにして、審査員から『食べ物じゃない』と言われたとか。鶏1羽に丸ごと詰め物した料理も時間内に火が通らず、鍋の中で砕いて雑炊にしたとか。そんな失敗も『料理は変化だ』って。おたまでスープをすくって味見して、またそのおたまで料理をしたことでバッシングされたことも、『直接口を付けたらヤケドする。プロは口をつける1ミリ手前でスープを吸い込むんだ』とか、おもしろおかしくしゃべってました」と語る。

 父・建民さんは中華食材が手に入りにくかった時代にケチャップやキャベツで代用し、日本人向けの中華料理を広げた。陳さんは旨辛など本場のおいしさを取り入れながら、さらに中華を広げた。

「建民さんの下で修業の際に特別扱いされ、下積みなしで甘い指導をされたそう。だから、ほかの従業員に示しがつかないとして、自ら皿洗いからの下積みを願い出た。20代の時は2時間睡眠だったそうです。それで1日5食以上もまかないを食べ、店の片付けが終わった深夜にすき焼き、焼き肉、寿司という生活。社長となった30代以降も3時間睡眠のハードな生活でした」(同)

 がんなどを患った40代後半からは健康的な生活を心がけたという。ゴルフは年間200ラウンド以上、1日3食生活という規則正しい生活を送ったそうだ。