放送作家の高須光聖氏が23日に配信された勝俣州和のユーチューブチャンネル「勝俣かっちゃんねる」にゲスト出演。業界の〝タレント派閥の壁〟について語った。
高須氏といえば、ダウンタウン(松本人志、浜田雅功)の幼なじみとして知られ「4時ですよ~だ」「ダウンタウンのごっつええ感じ」「ダウンタウンDX」「水曜日のダウンタウン」など2人の番組を多く手掛けている。
勝俣はダウンタウンやウッチャンナンチャン、とんねるずなど、多くの〝大物〟と垣根なく共演してきた。
そのことに〝やっかみ〟も受けたという勝俣は、高須氏に「最初に大阪から来た時はダウンタウン派ってされたでしょ?」と質問。
高須氏は「全然ダウンタウン派ですよ」と即答し「それこそ(日本テレビの)土屋(敏男)さんが編成で『ガキの使い』とかも来られてたんですよ。その時、土屋さんが『生ダラ』(とんねるずの生でダラダラいかせて!!)とか『電波』(進め!電波少年)をやる時に、(放送作家として)呼んでくれたんです。でも、僕は出れなかったんですよ、そこの会議に。行っちゃダメだったんです」と打ち明けた。
理由を尋ねられると「それはなんとなく吉本の…というか。名前出しても…いいんですけど、大崎(洋)会長(現・吉本興業ホールディングス代表取締役会長)という方がいらっしゃって。その時はダウンタウンのマネジメントの一番上の方。大阪にいらっしゃったんですけど、やっぱりダウンタウンをなんとかビッグにしなきゃいけない、天下を取らさなあかんというので、ずっと80年代後半とか90年代頭も僕はダウンタウンのものしかやれなかったんです」と証言した。
高須氏によると、ウンナンMCの「ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!」が開始される際も、土屋氏から作家としてオファーがあったというが、大崎氏から「今回だけはやめてくれ」「もう次からはどんな番組が来てもやっていい」と説得され、辞退したという。
その後、高須氏は「ウンナンの気分は上々。」「ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー これができたら100万円!!」などでウンナンと仕事するようになるが「『とりあえずダウンタウンを盛り上げろ』と。えらいもんで、1996年か97年ぐらいに『WOW WAR TONIGHT』がドーンと売れて、松本の『遺書』も200万部売れて『ごっつ』のスペシャルやっても20%とか取るようになる。ドーンとブレークした。確かにそのすぐあとなんです」と回想した。
これには勝俣も「作家も(派閥が)あるんですか」と仰天。高須氏は「なんで『もう少し頑張ってくれ』と言われたか、わからんでもない。結果よかったんですけど、僕もダウンタウンに一生懸命やれたので。その後はだから『何やっても構わない』(となった)」と懐かしそうに語っていた。












