山口達也 急転否認のウラに「TOKIO復帰」の打算

2020年09月25日 05時30分

捜査員とともに自宅に入る山口(中央=顔写真)

 道交法違反(酒気帯び運転)容疑で警視庁に逮捕されたTOKIOの山口達也元メンバー(48)が24日朝に送検、そして夜に釈放された。当初は〝予定調和〟で進むとみられていたが、急きょ捜査当局の姿勢が180度転換した。まさかの勾留請求、さらに釈放後には本人立ち会いのもと、深夜に異例の家宅捜索を敢行したのだ。いったい何があったのか――。

 何も〝揉める〟ところはないはずだったが…。

 昼ごろまでは「夕方に釈放」で報道各社は動いていたのに、雲行きがどんどん怪しくなっていく。午後3時半ごろになって、検察が勾留請求。東京地裁は認めなかったが、それでもあきらめない検察は準抗告してまで、山口元メンバーの勾留にこだわったのだ。

「飲酒運転の末の軽い物損事故で、山口は取り調べにも素直に応じている。そんなに争う点はないとみられていただけに、勾留請求は驚きだった」とは司法関係者。

 準抗告が棄却され釈放が決まった後も、すんなりとは進まなかった。警視庁本部を後にした山口元メンバーは、捜査員とともに自宅に向かい、そこで異例の家宅捜索が行われた。報道各社が集まるなか、わざわざこのタイミングでやることに、検察、警察の厳しい姿勢を感じざるをえない。

 なぜ当局は急に山口元メンバーに対する態度を一変したのか?

「最初の警察の取り調べと、送検後の検察の取り調べで山口元メンバーが一部、供述を変えたと聞いている」(同)

 そもそも山口元メンバーは、警察の取り調べに対して、当初は「朝まで飲んでいた。量は覚えていない」としていた。だが、途中から「夜9時から深夜0時ごろまで、麦焼酎をロックで5、6杯飲んだ」と供述が微妙に変わっていた。

 さらに検察の取り調べで「飲酒した量や時間、そしてどれだけのアルコールが体内に残っていたかという本人の自覚の部分についての供述が変わったのではないか、と言われている」(同)。

 本人がバイクを運転したこと、呼気から0・7ミリグラムのアルコールが検出されたこと、また前の乗用車に軽く接触したことは否定しようがない。供述を翻意するならば、飲酒した量と時間、さらに飲酒運転に対する自覚の部分だ。

 警察の調べに山口元メンバーは「酒が残っている認識があって運転した」という趣旨の供述をしていた。だが、検察の取り調べではではその部分などを一部撤回したと言われている。それで不審に思った検察に勾留請求された、というのが大方の見方だ。

 芸能プロ関係者は「供述が微妙に変遷しているのは、もちろん記憶のあいまいさもあるでしょうが、まだどこかで自分を良く見せたいという部分が残っているのではないか。山口は将来的はTOKIOへの合流を目指していた。今回の事故はその計画が頓挫するほどの出来事。少しでも印象を良くして復帰への道を模索したいのだと思う」と推察する。

 往生際が悪いようにも映るが、山口元メンバーも必死なのだ。警視庁は今後も任意で捜査を続ける。まだまだ波乱含みだ。