菅義偉新総裁「弘明寺から裸一貫」矢沢永吉とピッタリ一致の〝成り上がり〟伝説

2020年09月15日 05時15分

自民党・菅新総裁(左)と矢沢永吉

 自民党総裁選が14日行われ、前評判通り菅義偉官房長官(71)が岸田文雄政調会長(63)、石破茂元幹事長(63)に大差をつけ、第26代総裁に選出された。16日の首相指名選挙で安倍晋三首相(65)の後継首相となる。菅氏は世襲議員でも官僚出身でもなく、自民党では田中角栄元首相以来の叩き上げ。そのサクセスストーリーに、選挙区の横浜市では、あの矢沢永吉(71)に続く〝成り上がり〟伝説が語られている。

 

 新総裁となった菅氏は「地縁も血縁もない政治の世界に飛び込んで、まさにゼロからのスタート。その私が歴史と伝統ある自民党の総裁に就任することができました」と万感の思いで語った。

 菅氏は秋田のイチゴ農家出身で、高校卒業後に単身上京。段ボール工場に身を寄せ、アルバイトをしながら学費をため、当時最も学費が安かったとの理由で、法政大学に進学した。

 卒業後、政治の世界を志し、横浜中心部を地盤に有力議員だった故小此木彦三郎衆院議員の事務所の門を叩き、市議を経て、1996年の衆院選で神奈川2区(西区・南区・港南区)で当選した。

 地元住民は「小選挙区制度がスタートした最初の選挙で、菅氏は市議で活動していた西区だけでなく、南区と港南区もカバーしなくてはいけなくなった。そのため、事務所は南区の弘明寺駅と蒔田駅の間に構えたのですが、実は永ちゃん(矢沢永吉)も広島から出てきて、最初に住んだのは弘明寺なんです。何もない弘明寺、蒔田から総理大臣が誕生することになるなんて。永ちゃんに続く、大出世物語ですね」と感嘆する。

 矢沢の著書「成りあがり」でもスーパースターを夢見て、上京したものの横浜で下車し、弘明寺の共同アパートから裸一貫でスタートした苦闘ぶりが描かれている。

 地元飲食店主は「菅さんは本当に愚直で誠実な人。総務大臣になった時(2006年)でも、人が誰もいないスーパーの前で、国政報告の立ち演説を1人でしているような人。シャレたことをやっているなと思ったよ」と話す。

 地縁は永ちゃんだけじゃない。菅氏は弘明寺、蒔田エリア内で事務所を転々としているが、霊能者の宜保愛子さん(享年71)の自宅隣でも長く、事務所を構えていた時期があった。

「この辺では、宜保さんの自宅の横に菅さんの事務所があったのは有名な話。宜保さんは一時、テレビに引っ張りだこの時の人で、菅さんも宜保さんの自宅が横にあったのは知らないハズがない。宜保さんは2003年に亡くなったが、今でも霊験あらたかな場所として訪れる人もいる。菅さんもなんらかのパワーをもらったのでは?」とは事務所近くに住む住民。

 宜保さんの死後、菅氏は総務相を皮切りに、党幹事長代行、選対副委員長など要職を歴任し、第2次安倍政権で官房長官に就任し、安倍首相を支えてきた。

 自民党関係者は「菅氏は黒子のイメージがありますが、チャンスがあれば首相の座を狙っていたことは間違いない。昨年の参院選で地方遊説した際、ホームに集まった人に自ら名刺を配っていた姿に驚いた。官房長官の名刺をもらったら、みんな心酔しますよ。あの姿に権力への飽くなき欲求を見ました」と話す。

 フリマサイトでは、菅氏の名刺が高値で転売されているのが話題になったが、大量出品されていたのもそんな事情があったワケだ。

「菅さんは筋を通すために、曲がったことには一言居士なところがある。来年の総裁選までのつなぎ政権、なんて声もあるが、首相になったからには、簡単に引き下がる性格じゃない。長期政権を狙っているハズですよ」と菅氏を知る古参秘書。

 矢沢は自著で「国会議事堂、東京タワーが見えるところじゃないと日本じゃない」と記し「世界のYAZAWA」となった今では、国会近くのホテルのレストランをひいきにしている。同レストランは菅氏も頻繁に利用しているのは偶然だろうか。

 地方から単身、成り上がって事実上の首相である自民党総裁の座を射止めた菅氏。今後、矢沢のように「世界のSUGA」となれる日が来るのか、その手腕が試される。